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  • Shino Nishikawa

マトルキャットとマジェスティの秘密 後編

2095年。

チェウはホテルにいた。

女性と一緒にだ。

チェウは、バスローブのまま、タバコを吸う。

女性は誰だか分からない。布団を頭までかぶっている。


ホテルの朝食は、軽めのバイキングだ。

上質な服を着たチェウは、バイキングで朝食を選んだ。


ホテルを出た所の通りで、ようやくチェウと一緒にいる女性が誰か分かった。

停職中の警察官、ハンナである。

チェウの腕を持ったハンナが言った。

「スタバに寄りましょうよ。」

「朝食を食べたばかりじゃないか。」

「さっきのホテル、コーヒーが薄かったわ。」


2人はスタバに入った。

ソファーの席が空いていたので、そこに座った。

ハンナは言った。

「昨日のことは、よく覚えてないわ。」

チェウは、少し赤くなった。

「お酒を飲んだせいね。10年ぶりにあなたと会ったのに、残念だわ。」

「展開が早すぎた。昨晩は思い出話ばかりで、君が今、何の仕事をしているのかも、まだ聞いていない。」

「警察官よ、停職中だけどね。」

「停職中?」

「ええ。でも、気にしないで。もうすぐ警察官に戻るわ。」

「ホント?」

「ええ。誘拐犯を見たの。その時は逃したけど、必ず捕まえるわ。

男の名は、ゼット・リアンよ。」



ゼットの女児殺害容疑は、いよいよ真実味をおびてきた。

ラインとクーアンは、またアリアップ家に来た。


ラインは、屋敷の門番に警察手帳を見せ、チェウが出てきた。

その頃、ゼットは、辞職のことでオルタと話し、屋敷の階段を降りた所で、

水の入った花瓶を持ったシールムとぶつかった。

「きゃ!」

「あ‥、ごめん。大丈夫かい?」

「ええ。」

「はじめまして。僕はアリアップの夜の護衛です。ドラゴンのゼット。」

「ドラゴン?」

「ああ。僕はドラゴンに変身出来る。」

「そう。私の名前は、シールムよ。」


リリーン

ガチャ

ラインが顔を出した。後ろにはクーアンがいる。

「どうも。あ‥。」

「ああ、刑事さん。」

「クーアン。」

「シールム、元気かい?」


「知り合いかい?」

ゼットがシールムに聞いた。

「ええ、恋人よ。」

「そう‥。」


「刑事殿。」

「オルタ様。」

ラインは、ゼットの罪状を述べた。


「やったのか?」

オルタはゼットに聞いた。

ゼットの頭の中は蒼白だった。

ゼットは、姉のトゥアンが警察と付き合っていることを知っていた。

自分なら、どんな罪でも許されると思っていた。

それでも、ゼットは答えた。

「やっていません。なんのことだか、分かりません。」

「でも、目撃者がいるんだ。リアと君が一緒にいる所を、停職中の警察官が目撃していた。」

「別人でしょう。僕はそんな子、知らない。」


オルタが声をあらげた。

「本当にやっていないなら、どうして私の目をまっすぐ見ない。」

ゼットは、オルタの目をまっすぐと見つめた。

脳をつきぬけ、後ろの壁の中の様子を見る程、まっすぐな目線だった。

その目は、ゼットが無罪であるということを、確信させるような物だった。


「とにかく、やっていません。‥人前で、よしてくださいよ!」

「人前とは?ここには、君も含めて、5人しかいないが。」

ラインは言った。


「とにかく、仕事に行きます。」

ゼットは、クーアンの隣にいるシールムを恨めしそうに見て、屋敷を出た。






「トゥアン。」

ラインとトゥアンは、ベトナムのファミレスにいた。

トゥアンは、下を向いている。

「弟のことは、大丈夫だ。」

「いいえ、大丈夫じゃないわ。昨日の夜、警察官が、家に来たの。

いろいろ聞かれたわ。ゼットの好きな物とか、子供の頃の話を。」

トゥアンは言い、ラインは軽く息を飲んだ。

ラインはトゥアンの手を握って言った。

「大丈夫だ。僕がゼットの一等捜査官を務めている。」

「え‥?」

「ゼットは必ず助ける。」



コンコン

シールムとユリアルの寝室の窓を、何者かが叩いた。

シールムがドアを開けると、そこにはゼットが立っていた。

「シールム。夜の散歩はどうだい?」

「え‥。」


「お姉ちゃん、行っていいよ。」

「あ‥、うん。」

ユリアルが言ったので、シールムはうなずいた。


「乗って。」

立ったゼットが言うと、ゼットの姿は風と共に薄れ、ドラゴンに変身した。

シールムはドラゴンの背中に乗り、ゼットは飛び立った。

隣の寝室では、夜のロイヤルミルクティーを飲もうと、窓際の机に座っていたガジェルが、ロイヤルミルクティーをこぼしてしまった。



ドン

双子、オイドレン、ロドリアム、キダン、ドロシーは、ベトナムに到着した。

クーアンがたどり着いた場所と同じ場所だ。


「ついたのか?」

「ああ。ここがベトナムだ。」

キダンはタイムトラベラーズウォッチを見た。

かなりの精密時計だ。

「それいくらだ?」

「これは、15万。」

「高いな。買う必要ない。」

キダンとオイドレンが話している間、

「わあああ。」

ドロシーと双子は、ベトナムの風に当たり、

ロドリアムは不安そうに立ち尽くしていた。


「どうした、ロドリアム。」

オイドレンは聞いた。

「いや、なんでも。」

「何かあるなら言ってみろ。」

「仕方ない。つい最近、H様が亡くなったばかりだ。

H様とロドリアムはよく似ていた。」

キダンは言った。


「同じ次元には、魂は1つしか存在しない。

僕は、この時代と今の時代を行き来してきたような気がするんだ。」


双子とドロシーは、タコをあげて楽しんでいる。

ドロシーが持ってきたのだ。


オイドレン、キダン、ロドリアムは一瞬沈黙したが、オイドレンが口を開いた。

「そろそろ、お開きにしようか?」

「何を言う?今、たどり着いたばかりじゃないか。」

「いや‥腹が空いてきたんだ。」


「じゃあ、食べに行こう。」

ロドリアムが言った。


6人は市場に来た。

「旨そうだな。ベトナムには、美人もいるし、暮らしやすそうだ。」

オイドレンは言った。


オイドレン、ロドリアム、キダンはベトナム料理を買い、イートスペースのテーブルで食べている。

双子はプーチのお弁当を食べながら、3人を恨めしそうに見た。


「これ、美味しいね。」

双子のお弁当をつまみ食いしたドロシーさんが言った。

「うん。」

双子はまた目を落とした。


「おい、こっちに来て、一緒に食べるか?」

オイドレンが声をかけた。

「いいの?」

「うん。」


オイドレン、ロドリアム、キダンも双子のお弁当を食べ、

双子とドロシーは、生春巻きなどのベトナム料理を食べた。


もぞもぞ

「なんだ?」

ロドリアムのバッグが動き出した。

「どうした?」

「この子達のことを、すっかり忘れていた。」


ロドリアムがバッグを開けると、チェルシーとクレアが出てきた。

「大丈夫かい?」

2匹の妖精は、ニッコリとうなずいた。


「可愛い!」

ドロシーさんは言い、双子は赤くなった。


「どうした?」

オイドレンが聞いた。

「なんでもない。」

「ダメだぞ。大体、どうやって愛し合う?」

オイドレンが言い、ロドリアムが小突いた。

「別にそういうわけじゃないよ。」


2匹の妖精は、キダンの肩に止まり、うっとりと見ている。


「ダメだ。恋愛なんて、5歳児には早すぎるよ。」

オイドレンが言った。

いつのまにか、夜になった。

ベトナムの美しい夜空には、妖精族達が、夜の雲の中で、夜の遊びをしていた。

それは愛し合うとは言えない、ふかふかの暗い雲の上で一緒にカクテルを飲むようなものだった。



ガジェルは、ドーナツ屋での仕事を終えたところだった。

オルタは厳しかった。ガジェルには、労働をさせたのだ。

でも、ガジェルは、働くことが好きだった。

なんといっても、ハンサムな黒髪ジジがいる。

男でジジという名は珍しい。でもとてもかっこいい。

ジジの他にも、イケメンが働いている。

それは、ガジェルのためか、それとも、可愛いお客さんのためか。

ガジェルの美しさは、完璧ではない。

ガジェルの得意な事は、刺繡をすることと料理しかない。

でも、刺繡はかなり上手い。


ハンサムな男達が、ガジェルがいるドーナツ屋で働くことを、

ガジェルは、ガジェルのためでないと思う事にしていた。

嫌われているのは辛いが、別の誰かを愛している人と働く方が楽な気もする。

でも、自分を好いている人と働くことは、わくわくする。

というか、こんなに楽しいことはない。

「ふん。」

ガジェルは少し笑って、下を向いた。

「どした?」

赤毛のベスが聞いてきた。

「別に。」

「今、笑っていただろう?」

「ええ。でも、別になんでもないですから。」

ガジェルは答えた。

少しうっとおしい時もある。

だから、自分は嫌われていると思うことにしていた。

実際、嫌われていないからこそ、そう思うことができる。

嫌われていたら、ただ自分も嫌いなだけだ。


若くて可愛い新人が失敗をして、ベスがお客様に謝りに行った。

可愛い新人は、どんどん仕事が出来るようになって、ガジェルは内心嫌だったが、やっぱり失敗をした。

始めのうちは、ある程度出来ないように、ふるまうものだ。

出来なければ、教えてくれる。

出来るから、教えないだけだ。

出来なければ、教えた。


ガジェルはすまして、下を向いた。

もしかしたら、イケメンたちは、ガジェルでなく、可愛い新人のことが好きかもしれない。

「まぁ、いいわ。」

ガジェルなら、すぐに好きな人を見つけられる。


茶髪で前髪が可愛い女性は、旦那さんをたまに連れてくる。

とても幸せそうで、ガジェルはうっとりする。

社会に出ている時、女性にとって、夫は、キープかもしれない。

いや、きっとそうだ。

多分‥。


体の遊びをすると、厄介なことになる。

恋は心でするものだ。

ガジェルはよく分かっている。


ジジが言った。

「アリアップさん、もう上がりだね。」

「ええ、そうね。」

「お疲れ様。」

「はい、お疲れ様です。」


ガジェルは着替え、レジでドーナツを買った。

ベスはすまし顔で、会計をする。

「お疲れ様。」

「ええ、お疲れ様です。」


ドーナツを食べた後に、自殺をしたいと思わない。

それが、ガジェルがドーナツ屋で働く理由だ。

体に悪いことは分かっている。

でも、死にたいと思ったことがないから‥。

ガジェルは歩きながら、ドーナツを食べた。



家に帰ったガジェルは、電話をとった。

どうやら、この物語には関係ない。兄の出身大学からだった。


カタン

ガジェルは優しく電話を置いた。

「はぁ。」

なんとなくは気づいてきていた。

ガジェルは、兄と2人兄妹だ。


「きゃああ。」

シールムとユリアルは、仲良く料理をしている。

どうやら、オーブンがまだかなり暑かったらしい。


「ガジェル?」

「ただいま。」

「今、アップルパイを作っているの。」

「そうね、良いにおいだわ。」


「それで‥、何か、作ってくれる?」

「いいわよ。」

ガジェルは、シーザーサラダを作り、小さめなチキンを焼いた。

温めたパンをお皿に盛る。


「出来たわ。」

シールムがアップルパイを取り出した。

「美味しそう。」


両親と兄のルイは、まだ帰っていない。

3人でいただくことにした。


ガジェルは、スパークリングワインを飲んだ。

テーブルにはガジェルの料理と、アップルパイがある。

シールムとユリアルは、アップルパイを食べながら、温かい紅茶を飲んだ。


「明日は、休みよ。ベトナムに行かない?」

「ベトナムに?」

「前に言っていたでしょう?シールムの恋人がベトナムにいるって。」

「ええ。でも、どうやって行くの?」

「黒魔術師の知り合いがいるの。」



「ジジ。」

次の日、ガジェルとシールムとユリアルは、ベトナムに行くことにした。

「ごめんね、この子達も一緒にいい?」

「いいさ。女子3人と一緒にベトナムに行くなんて、嬉しいよ。

ベスは今頃、ドーナツ屋で働いてる。」

「ええ、あなたと2人でもよかったけどね。」

「そうなのかい?」

ジジは、ガジェルの手を握った。

「あら、やだ。」


シールムとユリアルは、ニヤニヤとして2人を見ている。

ガジェルは言った。

「そういう仲じゃないわ。」


ジジは優しく笑い、言った。

「このサークルに入って。瞬間移動は初めて?」

「初めてよ。」

シールムは答えたが、ユリアルは少し目をそらしてから、言った。

「そうね、初めてだわ。」

「はは、そうかい。」


「瞬間移動。」

ジジは軽く言った。


ドン

「あなたって、凄腕ね。」

ガジェルは言った。

「簡単さ、親父と特訓したから。」


「いったぁ‥。」

シールムとユリアルは、尻もちをついたようだ。

「大丈夫かい?」

ジジは、2人のそばでしゃがみこんだ。


「ええ。」

「ここ、どこかしら?」

「どこって、ベトナムだよ。」

「ホーチミンに行かなくちゃいけないのよ。お姉ちゃんの恋人は、その街に住んでいるの。」



4人は、ホーチミンを歩いた。

「美味しそうね。」

屋台を見て、ガジェルが言った。


「ドーナツを食べるかい?」

ジジはドーナツ屋を指した。

「ホーチミンでドーナツはいいわ。」

「本当の地元民しか、食べないな、きっと。」

「ええ、私達の街でだって、そうでしょう。」


シールムとユリアルは、わくわくして、先を歩いた。

「おーい、食べようぜ。」

ジジが呼び止めた。

よさそうなベトナムカフェがあったのだ。

「うん!」


男が影に隠れた。

ラインだ。

ラインは瞬間移動した。


「なぜか、ベスのことを考えてしまう。」

ベトナム料理を食べながら、ジジがガジェルに言った。

シールムとユリアルは、自撮りをして遊んでいる。

「今頃、ベスは大変だろうなぁ‥。」

ジジは目を落とした。

「そうね、今は忙しい時間帯だわ。」

「もしかして、ガジェルは、ベスが好き?」

「いえ、そんなことないわよ。」

ガジェルは少しだけ動揺してしまったが、隠した。

「そうか、よかった。じゃなくて、仕事場では迷惑になるからさ。」

ジジは安心したようだ。

ガジェルにとっての一番はジジだ。心の中では分かっていたが、ベスには全てをゆだねられる感じがした。



その頃、メゼラウスもホーチミンの市場でフォーを食べていた。

恋人のクオラも一緒である。

クオラの髪の毛は長く、とても美しい。

「君の店とは違うが、味がとてもいい。」

「ええ、そうね。私の店の美味しい物といったら、ウインナーくらいから。」

「いや、君の店の料理の味はどれもいいよ。なんといっても、酒がうまい。」


メゼラウスは、クオラの働く姿を思い出した。

クオラは、高級ホテルのバーで、バーテンダー兼マジシャンをしている。

「君は美しい。」

「そんなことないわ。もちろん、この仕事をすることを、両親にも反対されているの。あなたと付き合うことも‥。」

「君のご両親と話すよ。」

「でも、人間よ。」



オイドレン、ロドリアム、キダン、ドロシー、双子も、2人の近くまで来ていた。

「ところで、今日、どこに泊まる?」

オイドレンは聞いた。


「とりあえず、今晩、ワシールに会いに行こう。そこで、泊まる場所も、手配してもらえるはずだ。」

「ワシールって誰だ?」

「この国の首相だよ。」

「ああ‥それで‥、魔法国を中国にするよう、頼むわけだな。」

「いや、彼はもう、その考えさ。」

「じゃあ、なぜ話すんだ。」

「一応、僕達が未来で見てきたことを伝えて、考えをまとめよう。作戦をねるんだ。」


ロドリアムは、一番後ろを歩いていた。

もぞもぞ

「ごめん、苦しかったかい?」

ロドリアムは、カバンを開いた。

クレアとチェルシーは首をふった。

「そうか。じゃあ、もう少し隠れて。」

ロドリアムは、前方にいる大男をとらえていた。メゼラウスだ。

『よくない、うんち。』

2人の妖精は言った。話せないが、ジェスチャーと口の形で伝えてくれる。


ドロシーと双子はベトナムについて話していたが、ロドリアムが割り込んだ。

「ちょっとごめん。」

前にいるキダンとオイドレンの下に向かった。

「妖精たちがトイレだって。」

「ああ‥何かあるかな。」

オイドレンが鞄の中を探し、キダンが言った。

「ちょっと待て、ここは市場の中だし、いったん外に出よう。」



ガジェル達は市場に来た。

ジジはガジェルの隣にいるが、ベスの事を思うと、ガジェルはどちらにしようか迷ってしまった。


「シールム。」

ガジェル達に、追いついたクーアンが話しかけた。

「クーアン。」

「あら?お二人は知り合い?」

「この人は、お姉ちゃんの恋人よ。」

「なんて偶然なの。」


「魔法仕掛けだからね、この世界は。」

ラインだ。

「あの‥。」

ジジが口を開いた。

「ラインだ。よろしく。」

「はい。」


「もしかして、君はガジェルかい?」

「はい。」

「何度か、お父様とお会いしたよ。」

「そうでしたか。」



『間に合わない。』

2匹の妖精たちは泣いていた。

「ちょっと、通してくれ!!」

ロドリアムは急いで、出口に向かう。

談笑していたライン達は、振り向いた。


「H様?」

ガジェルは言った。

「君は‥?」

ロドリアムは、立ち止まった。


「ガジェル・アリアップです。いつも、テレビであなたのことを、見ていました。」

「H様だと?それは本当ですか?」

ジジが言った。

「いや、僕はちがう。」

「違う?でもそっくりだ。まさか、タイムトラベルを?」

ラインも聞き、クーアン達もロドリアムを見た。


「どうした、ロドリアム。」

オイドレン達も、追いついた。

『うえーん』

2匹の妖精たちは泣きだしてしまい、双子は急いで妖精を両手に乗せ、外に運んだ。

ドン

双子がぶつかったのは、メゼラウスだ。

「どうした?」

「妖精たちが、トイレに行きたくて。」

「そうか。この子達は、シードラプロゲニーだな。めずらしい。

シードラプロゲニーには、幻を見せる力がある。」

メゼラウスは、妖精たちを抱いた。

クオラは、メゼラウスの後ろで見守っている。

「両親は誰だい?」

妖精は首をふった。

「そうだな。海竜族は、愛し合えば死んでしまう。

海の中は美しいが、人間は空気がなければ死ぬ。

海の中でも空気がすえる我々には、ガイアから、その試練が与えられた。」

「助かる方法はないの?」

「ない。悲しいことだ。でも、愛の美しさは、愛し合わずとも、知ることができる。それだけで満足するしかない。」

「愛の調べね。」

クオラが言った。

「ああ、そうだ。」


オイドレン達も来て、メゼラウスと2匹の妖精を見た。

ガジェル達もこちらに来た。


2匹の妖精は顔を上げた。

「もう大丈夫かい?」

『うん』

どうやら、トイレは消えたようだ。


市場の人間たちは、こちらに気づかない。

魔法がかかっているようだ。


「メゼラウス。」

キダンが言った。

「メゼラウス様?」

クーアンは、恐れたように、膝まずいた。

「クーアン?」

「あの方は、海の王だ。」

クーアンが言い、シールム達も膝まずいた。


メゼラウスが言った。

「H.魔法国はベトナムにする。君は最初から最後まで、世界を狂わす男だ。」


「H様は、世界を狂わしてなんかいないわ。世界を救ってくれた人よ。」

「君はアリアップ家の娘だな。このままでは、父上と戦うことになる。

父上に、話してくれないか?魔法国はベトナムだと。」


「いや、違うぞ。俺はな、魔法国マトリアシルのミシルマという島で、50年間生きてきた。マトリアシルは、昔は中国だった。

ここで歴史が変わってしまったら、俺の人生まで変わってしまう。

だからやめてくれ、メゼラウス。」

「君のことも、どこかで見たことがある。君は確か‥。」


「メゼラウス。魔法国は中国だ。もうあきらめてくれ。」

キダンが言った。

「あきらめるだと?俺は海の王だぞ。よくもそんな口を。」


クーアンは、海竜族になった手を伸ばし、キダンに魔法をかけようとしたが、

ラインが止めた。

シールムもそれを見て、目をそらした。


「今なら、歴史を変えられる。」

メゼラウスは、手の平で、魔法を解いた後、

クオラの腰を持ち、消えた。


市場のベトナム人達は、何事もなかったかのように、働いている。


ラインの手を、クーアンは怒ったように払い、ラインは言った。

「クーアン、戦争というのは、先に攻撃した方が負けるんだよ。」


みんな、ラインを見た。

「俺達にとっては、魔法国がどちらになってもいい。

だけど、君達は困るんだろう?」

「ああ。それにきっと、君たちの子孫も困るはずだ。」



夜、ワシールはベトナムの大統領官邸の書斎で歩き回っていた。

金色のガウンを着ている。

「戦争になるだろうな?」


そこには、オイドレン達が来ていた。

キダンが言った。

「海竜族は海の種族です。そう簡単に、襲ってはきません。」

「そうか。じゃ、そうなると‥。」



「ドラゴン。」

オルタは言い、窓から外をうかがっていたチェウが振り向いた。

「え?」

「海竜族が襲ってきた場合、勝てるのは、ドラゴンしかいない。」



チェウは海に向かって歩いた。

「チェウ!」

影から現れたのは、ハンナだ。

「ハンナ。どうしてここに?」

「私、あなたの子を妊娠したみたいなの。」

「それは本当かい?」

チェウは顔をしかめた。

「ええ、本当よ。」


海辺では、地元の娘たちが、チェウを見て、こそこそ話している。

「間違いなく、この子はあなたの子だわ。」

ハンナが言い、チェウはハンナの口を抑えた。

「これ以上、何も言うな。」



「どうする?ロドリアム。」

オイドレンは聞いた。

6人は、木の家に宿泊することになった。

「戦うしかない。誰が死んだとしても、魔法国を中国にすることの方が大切だ。」

ロドリアムは言い、みんな顔をしかめた。


2匹の妖精が、双子の服を引っ張った。

『帰りたい。』

「怖いけど、大丈夫だよ。僕達が守るから。」


ドロシーは優しい目で、その光景を見た。


「ジジ、帰っていたのかい?」

ジジの母親マイジーが聞いた。


「ああ、ただいま、母さん。」

お父さんは居間のちゃぶ台でテレビを見ている。

ジジは、古マンション暮らしだ。

でも、ジジは、清潔でハンサムだった。


「父さん、もしも、戦争が起こったらどうする?」

父さんは何も言わない。


「父さん。戦うか、戦わずに死ぬかだよ。」


「お父さんに、バカなこと聞かないでちょうだい。

戦争なんてねぇ、起きるはずないの。みんなが大袈裟に騒いでいるだけよ。」

お茶を持ってきたお母さんがジジに言った。


「そうかな‥。」

ジジは窓の外を眺めた。

ドラゴンの炎が明るかった。



アリアップ家には、軍の隊長や学者、背広を着た役人たちが、続々と訪れていた。ガジェルはひるみ、シールムとユリアルの部屋に入った。

パチ

ガジェルは部屋の灯りをつけた。

「あ。」

2人は星空の本を見ていたようだ。


「あなた達、よく平気ね。」

「私達、過去から来ているから。」


「そうね。過去が変わることはない。どんなに未来が変わっても、起きた出来事はなくならないもの。見方が変わるだけだわ。」


シールムとユリアルは、穏やかな表情で、ガジェルを見た。


「ちょっと出かけてくるわね。」


ガジェルが向かった先は、ドーナツ屋だ。

ベスはそろそろ上がりの時間だった。

ベスはガジェルを見なかったが、新人たちに少し大きな声で注意をした。

ガジェルがドーナツを選び始めたが、ちらりと見て、またレジのお金を数え始めた。

はぁ‥

ベスは、大好きなガジェルの前で、嫌いな思い出を思い出した。

『18歳の頃、バイト先のレジから、お金をとったっけ。』

バレて、叱られて、最悪だった。

まだ仲間と一緒だったから、良かった。

それが1人だったら、ちょっとヤバい。


「こえ‥。」


「ベス。」

「ガジェル。どうしたんだい?」

「ドーナツが食べたくなって、買いにきたのよ。」

「そうかい。」

ベスはいつものように会計をした。

客は少ない。

「夕飯はいつもドーナツかい?」

「いいえ、ドーナツはおやつよ。

そうね‥、時々、食べ過ぎるけど。」

ベスはガジェルのドーナツを袋に入れた。


「この後、少し話さないか?」

「私とあなたが?」

「ああ。」


「ずっと、君と話したかった。」

ドーナツ屋のテーブルで、向き合ったガジェルに向かって、ベスは言った。

「そう?いつも話していたように、思うけど。」


「ガジェルには彼氏いる?」

「いないわ。」


「君は天使みたいだ。」

ベスは言った。ガジェルは気づかない。

ドーナツ屋の前には、黒い自転車に乗ったジジが来ていた。



「クーアン、君はどちらの味方だ?」

ラインは聞いた。

ヴァンは作った料理をテーブルに置き、クーアンを見た。

「いや‥。つい。」

「確かに、メゼラウスは、海竜族の神だから、気持ちは分かるが‥。

シールムは、アリアップ家と血がつながっている。」


「分かるよな?」

ヴァンも言い、

「はい。」

クーアンはうなずいた。


その頃、ドラゴンのゼットは火を噴いていた。

様子を見に来たオルタに、チェウは、ゼットがサインした契約書を見せた。

ゼットは1億円で、海竜族が襲ってきた場合、戦うことを約束したのだ。


「すまないね、君だって、海竜族だというのに。」

オルタは、火を噴いているゼットに言い、チェウは怪訝な顔でオルタを見た。


次の日は、晴れの曇りだった。

影からハンナが見ている。

チェウが、ゼットと一緒に海岸に来た。


ゼットはチェウに何か言い、ドラゴンに変身したので、ハンナは息を飲んだ。

ゼットは海の上を飛び、思わず影から出たハンナを、ドラゴンの目でまっすぐと見た。

その目は優しい目だった。ゼットだって、捕まりたくはない。


チェウがハンナの下に来た。

「ハンナ。」


ガアアア

ゼットの目は、街の人間に移り、ゼットは人間達を威嚇した。


ゼットは、海の上に火を噴き、街の人間達は歓声を上げた。


チェウの背後には、黒い煙と火の粉が飛んできている。

歓声やドラゴンの声で騒がしい中、チェウが言った。

「ハンナ、俺と結婚しないか?」

「はい。」

「君となら、新しい冒険に出られそうだ。」




「はあ‥。」

木の家で、双子はあやとりをしていた。

妖精たちは、あやとりの上で飛び跳ねて、楽しそうだ。



大人達の部屋で、オイドレンが言った。

「それにしても、メゼラウスは歪んでいるな。」

「ああ‥。彼は海の王だから、厄介だよ。」

キダンは言った。

「なぜ、そんなに。」

ロドリアムはぼそりと言い、双子の部屋で、ドロシーさんが手を上に上げた。





「なぜだ?」





メゼラウスとヒトラーの出会いは、中学生の頃だ。

メゼラウスは、自分が次の海の王だと、分かっていた頃だった。

まだ経験はしていないが、いろいろなことを分かっていた。



11月。窓のない教室での授業だ。

みんな、コートを着ていた。

「とても、寒いのに、なぜだい?」

メゼラウスは、同じ長椅子に座っているヒトラーに聞いた。

ヒトラーは、コートを着ていない。

薄手のセーターとワイシャツだけだ。



「寒いから、ネクタイだけでも、つけた方がいいよ。」

メゼラウスは、長椅子に置かれたヒトラーのネクタイを持った。



「いい。」

ヒトラーは言い、メゼラウスは、怪訝な顔でヒトラーの表情を伺った。

ヒトラーは、とても肌がキレイだ。

海の潮で、少しだけ荒れた自分とは違う。



「ある晴れた日を思い出すから。」

ヒトラーの一言で、メゼラウスは大体読めた。



「君、海水浴したことある?」

「あるよ。」



両親と海に来たヒトラー少年。

少し黄色っぽいが、透明で、綺麗な肌。

薄いグレーの海水パンツをはいた少年は、海へ走る。



一度立ち止まった。

一人っ子なので、本当は心細かった。

年上のハンサムな男達が、浮き輪を持って、少しだけ険しい表情で、

海を見つめていた。

その中で、一番目と二番目にハンサムな男が、自分の本当の兄だと分かっていた。

お腹がでっぷりと出て、青い海水パンツをはいたお父さんは、目をそらした。

いろいろな事情があって、ハンサムな少年2人は、養子に出すしかなかった。

お母さんは、年甲斐もなく、ピンク色の水着を着ている。



ヒトラー少年は、海に入った。

「おーい!」

ハンサムな兄貴が呼んだ。



「おーい!」

それでも、ヒトラー少年は、海に入って、泳いだ。



「はぁはぁ‥。」

ヒトラー少年は、海で仰向けに浮いた。

目を閉じる。この状態が一番好きだ。

肩幅以上に足を広げていれば、ヒトラー少年は、沈むことはなかった。

生きることが、認められている証拠だ。

きっと‥



「あの子、大丈夫?」

茶髪のロングヘアの女性は、赤いビキニを着て、浮き輪に乗っている。

強そうな男が、浮き輪につかまっていた。



ヒトラー少年は、海の中で立った。

たったの5秒ほどだが、ヒトラー少年は、初めて、雑誌の中の人を見たと思った。



ヒトラー少年は沈み、

「大丈夫か?」

兄貴たちが助けた。

茶髪の女性のそばにいた男までもが自分を助けたので、ヒトラー少年は、顔をしかめた。





ある晴れた春の日の出来事は、その女性との出来事ではない。

なぜ、そのような経緯に至ったのかは不明である。

それは、ヒトラー少年が、知られたくない、いくつかの出来事のうちの一つの秘密だ。

秘密の花園の中に、隠れているようなものである。

暗い戦争の中で、ヒトラー少年は、幾度となく、その場所に行き、涙を流した。



「アドルフと呼んでいいよ。」

授業中にも関わらず、ヒトラー少年は、メゼラウスに言った。

「え?」

「だから、僕の事、アドルフと呼んで。」

ヒトラー少年は、メゼラウスに耳うちをし、メガネの太った先生は、アドルフを見た。

先生は、アドルフを心配していた。

これから、戦争が始まれば、真っ先に撃たれてしまうような男の子である。





しばらくの間は、普通の学生生活を楽しんでいたが、メゼラウスは、海底に住む父親に呼ばれた。

しばらくして学校に戻ると、アドルフは、他の生徒達と楽しそうにしていた。

「あ。メゼラウス。」

「やあ。」

「こっち来なよ。」

「うん。」

アドルフ達は、先ほどの楽しい話の続きをし始めた。



高校になると、メゼラウスとアドルフは、別のクラスになってしまった。

メゼラウスはラグビーをしたが、アドルフはインテリだ。

アドルフには、魔法力ではなく、

神から与えられた才能があることは、間違いなかった。



金髪のディオンは、スポーツが得意そうだ。ただ、数学が苦手だった。

ディオンは、数学の問題を解きながら、頭をかいた。

その様子を、アドルフは、友人との会話を中断して、見てしまった。

アドルフは、勉強が得意だった。

自分はユダヤの血をひいている。

ディオンはきっと、ドイツ人とアメリカ人の血だ。

血は関係ないとは思うが、ユダヤ人は宇宙人のように、とても賢い生き物だった。



ディオン達は、教室をにらみつけて、去った。

校庭でサッカーをしている。

ボールの扱いは、見事なものだ。

血は関係ないが、ドイツやアメリカは、体育が得意なように見える。



中国人はどうだ?日本や台湾も、同じ顔をしているらしい。

ユダヤ人もドイツ人もアメリカ人も、見た目は変わりない。

しかし、ユダヤ人だけは、明らかに、何かが違うように思えた。



『アジア人は、強いのかな。または、何かできる?』

「あいつらは、猿だ。」

金髪のハリスが言った。

「猿?」

「強いことには、間違いないが、賢くはない。」

「そうなの?」

「ああ。てんで、ダメだ。英語が分かっていない。」

アドルフは黙った。

アドルフは、英語はなかなか得意だが、ハリスは、英語が得意ではない。



2人は体育館に来て、ハリスは聞いた。

「女は美しいかな?」

「さあ‥。僕、そういう話はちょっと。」

アドルフは手すりにつかまり言った。



「ふん、そうか。つまらないヤツだな、お前は。

ロマンスがなければ、凍え死ぬだろう。」



体育館では、バスケをしている。



「あの‥。君は、詩人になれば、いいと思う。」

「俺がかい?無理だよ。愛がない。」



「へええ、じゃあ、ロマンスとはなんだい?」

「好きな女のことさ、分からないか?」



アドルフは言葉につまり、少しだけ幸せな気分になった。





「僕は、どこに行くべきだろう?」

進路に悩み、年上の兄貴に聞いた。

兄貴の名前は、ロスだ。

「それは、自分がやりたい事を、選べばいい。」

「分からない。自分が、誰なのかも。」

アドルフは泣き、手で涙をぬぐった。



「ニューヨークに行くのはどうだ?

アメリカはいい。スポーツが、盛んだからな。」



「僕はスポーツなんて、好きじゃない。」



外には、曇り空が広がっていた。

戦闘機が飛んできそうな空気だ。



「じゃ、パイロットは?」

「僕は、撃たれて死にたくない。

兄さんは、何になるんだい?」



「役人さ。もう試験を受けてある。結果待ちだ。」

ロスはそう言ったが、嘘だった。

軍隊に入ることにしてある。





「ユダヤ、ユダヤって、なんでユダヤ人ばかりが、そんなに勉強が出来るんだよ。」

廊下で、ディオンは大声を出し、泣いた。

「え‥?」

女子達もディオンを見た。

本当に、ユダヤ人は勉強ができ、ユダヤ人クラスまで出来ていた。



「大丈夫?」

長い髪が可愛らしい女生徒が来て、ディオンを支えた。



「いい男に、みっともない真似をさせるなんて、あんた、最低ね。」

オカマじみた後輩が、女生徒に向かって言ったが、

女生徒は無視した。

いい男に、みっともない真似をさせるなんて、うんざりだ。

その女生徒は、幻である。彼女は別の男を選び、ディオンは狂ってしまった。





兄貴2人と友人2人とアドルフは、海岸で話した。

「なぜ、ユダヤ人は、優秀なんだ?」



「知らない。きっと、彼らは宇宙人だろう。

僕は思う。

将来は、ユダヤ人は迫害に会う。」

アドルフは、言った。



「そうか。では、つまり、君もだ。

僕達には、ユダヤの血が流れている。」

兄貴のハーゲンが言った。





その頃、海底では、メゼラウスが、父のトリアスと話していた。

トリアスが言った。

「もうすぐ、戦争になる。

そうなれば、お前は、魔力を失うだろう。」



「そんな。では、海底に住む者達に、会えなくなる。」



「ああ、そうだ。だから、私の顔を忘れないように。」





メゼラウスは泳いで、陸に向かった。

トリアスの魔法で、途中までは、海の中で息が出来る。

途中からは、苦しくなる。

やっとのことで、海から顔を出した。





「アハハ!」

兄貴達は、宙返りやら、ハンドスプリングをして、遊んでいた。

アドルフは、腰をついて笑っている。

「こういう事は苦手なんだ。」

「嘘だろ?やってみろって。」



「出来るぜ、絶対。」



アドルフは立ち上がり、集中した。



「は‥。」

アドルフは後ろを見た。鋭い視線を感じたのだ。



「やってみろ、アドルフ。」

アドルフは、思い切り、飛び上った。



「ああ‥。」

メゼラウスは、息をのんだ。

絶対に、自分がやらない事だ。だって、出来ない。



アドルフは、神だ。

「すげー。」

兄貴達は微笑み、拍手をした。



「やるじゃん。」

兄の友人のフィヨルドが、アドルフを起こそうとした時、銃声が鳴った。



「やめろー!!」

兄貴達が、銃声が鳴った方向に走った。



「やめろ、やめろ!」

兄貴達が、その男を起こすと、もう死んでいた。

額から、血を流し、白目を向いた、ディオンだ。



「ああ‥あああ!」

兄のハーゲンがディオンを抱きしめ、涙を流した。



アドルフは泣けなかった。

少し、笑ってしまった。

アドルフは、メゼラウスを見た。





月曜日、体育館で、ディオンへの黙とうを捧げた時、

アドルフはようやく、涙が込み上げた。



メゼラウスも泣いていた。



しかし、死なんて、一瞬の物だ。

アドルフは死ぬ事は怖くはなかったが、仲間にお別れをする事が怖いと思った。



「メゼラウス、なぜ海の中にいたの?」

アドルフは、放課後、玄関で、メゼラウスに聞いた。



「それは‥その‥。」



「もしかして、これかい?」

アドルフが出したのは、魔法の杖だ。

「使えるのか?!」

「僕は使えないさ、使えるわけない。」

ベージュの木の杖を、ローブに隠し、アドルフはニヤニヤと笑った。



「魔法があるのかい?」

「ないさ。あるわけない。」

メゼラウスもニヤニヤと笑った。



2人はしばらく、空想の魔法都市の話をした。



「これで、楽園都市の完成だ。」

「ああ。」



「でもね、一つ教えてあげるよ。」

「何?」

「みんな、全て、忘れてしまう‥。」

そう言って、アドルフは泣き始めた。

「ああ。」

メゼラウスは、アドルフを抱き、なぐさめた。





高校卒業後は、アドルフは軍隊に入ることになり、メゼラウスはメキシコに行くと嘘をついた。

「君なら、大丈夫かな‥。」

卒業式の日、兵士の服でお別れを言いに来たアドルフは、木で作った楕円形のキーホルダーのような物をくれた。

「これを、いつも、左胸にいれておいてほしいんだ。」

アドルフは、メゼラウスの左胸にそれを入れた。



「ありがとう。」

「いいよ。もしも銃で心臓を撃たれても、この木が守ってくれる。

覚えているかい?僕達、木の下で、魔法の話をしただろう?」



「ああ、覚えているとも。」

「その木だよ。」

アドルフは、一瞬、言葉を選んだように見えた。



「刀で、どこを切られても、君なら大丈夫だろうな。」

「ああ、俺は鉄の男さ。」

「でも、銃で撃たれたら、いくら君でも、きっと死ぬだろう。」

アドルフは、涙目になった。

「大丈夫。」

メゼラウスは、アドルフの頭の両サイドを軽くさわった。



「ふふ‥、君の髪の毛なら、銃弾をおさえるかな。」

アドルフもメゼラウスの髪をさわった。









「なんだ、またか?」

同じ軍にいる、兄のハーゲンが言った。

軍の作業の休憩中、アドルフは絵を描いた。

学生の時とは違い、軍の中では、アドルフは1人だった。

位の高い兄がいることと、軍の誰も描かない絵を描くことで、

アドルフは優越感に浸ることができた。

みんながアドルフをちらちらと見て、アドルフはニヤニヤと笑った。



「そんなに好きならさ、絵を仕事にしてみたら?」

兄のロスが提案をした。

「そんなによくないよ。」

「いや、君の絵は、本物さ。」



アドルフは軍の合間をぬって、本格的な画を描くようになってしまう。

同僚たちも見にきた。

「綺麗な絵だな。」

「すごいじゃん、俺、これ、欲しいよ。」

出来の良い男に言われ、アドルフは笑った。



「人物画は?」

自分より小柄なメガネの男が聞いた。

「描いてない。」

「どうして?きっとうまく描けるのに。」

「知らないんだ。」



「知らない?」



「うん。いつも君達を見ているから、君達のことは描けない。

実物より、かっこよく描けるわけがないからね。

女性を見たことがない。」

「へぇぇ。」

メガネの男はニヤニヤと笑った。



「近くではね。心と心がまるで、一つになるくらいの‥。」



「おっと、何をしている?絵はもうしまえ。」

教官が来て、おしゃべりは中断した。







「あ‥。」

数日後、メガネの男、マルクは息を飲んだ。

ウィーンの美術アカデミーの募集ポスターが貼ってあったのだ。

マルクは持っていた紙をくしゃっと握りつぶした。アドルフに伝えようと思い、駆け出した。

マルクは紙を落とした。

そこには、アニメキャラクターのようなメガネの少年が描かれていた。

マルクは走った。

絵を描くのは楽しいが、ウィーンの美術アカデミーは、自分には似合わない。



どん

夕食のため、並んでいたアドルフは振り向いた。

「やぁ、マルクス。どうしたんだい?そんなに息を切らして。

まさか、教官が殺されていたとか?」



「ちがうんだ。ウィーンの美術アカデミーの募集があるみたいだから、君に伝えたくて。」

「そうなのかい?」

アドルフは目を輝かせた。

「うん。」



「でも、マルクスこそ、受けてみたらどうだい?」

「僕はいいよ。それに、僕のことはマルクでいい。」

マルクが言うと、アドルフはくすくすと笑った。



「マルクスの方がかっこいいじゃないか。政治家みたいでさ。」

そう言って、アドルフは遠い目をした。



「芸術家がなんの役に立つ?」

「え?」



「芸術家なんて、役立たずだよ。俺はもう、こんなものいらない。」

「え、ちょっと‥。」

アドルフは持っていたおぼんを、マルクに渡した。



アドルフは行ってしまった。



「アドルフ。」

マルクは追いかけていくと、アドルフは募集のポスターを見ていた。



「ご飯、食べないの?」

「いらない。」

アドルフは熱心にポスターを見ている。



「これは、来週まで貼ってあるから。ご飯、食べよう。なくなっちゃうよ。」

マルクはアドルフの手を引いた。

すると、アドルフは素直についてきた。



「やりたい事なら、やった方がいいよ。」

「うん。」





そのすぐ後だ。

同じ年の兵士が、亡くなった。

教官は、兵士達にその事を、こう伝えた。



「諸君、聞いているか。

今朝、ジョズアス・フィリップス君が、亡くなっているのが発見された。

何者かの手によって、窓からつるされていたそうだ。」



「誰だ!!」

教官は、耳がつんざくような声で叫んだ。



それは自殺だったが、ショックを受けたお調子者の兵士が手を挙げた。



「やっぱり、お前かぁ!!」

教官は、その兵士を連れて行った。



パン パン

みんな凍り付いた。銃の音だ。

何人かは、膝に顔をおしつけ、何人かは、耳に手を当てた。

さすがのアドルフもこれには、トイレを漏らしそうになってしまった。



しばらくすると、青ざめた兵士と教官が戻ってきた。

アドルフは教官の額から血が流れているように見えたが、

それは幻覚だった。

教官は爆竹を踏んだだけだった。



兵士達は隠れてヒワイな漫画を読んだりして、ニヤニヤと笑ったりしたが、

教官は違った。

教官は本物の女を知っている。

ヒワイな写真や漫画では、楽しくなかった。



教官は厳格だった。





アドルフは、美術アカデミーへの進学をあきらめることにした。

毎日のように、爆発音や爆撃の音の幻聴がある。

こんな状況で、芸術の道に進むなんて、無理だ。



「僕、行くのやめたから。」

あの事件以来、少しだけ無口になり、大人になったアドルフは、マルクに告げた。

「え、なんで?」

「こんな、状況だしさ。」

「ダメだよ、行かないと!」

マルクは、アドルフの肩をつかんだが、アドルフはニッコリと笑って、マルクの手を両手で持った。

「ありがとう、僕はその気持ちだけで嬉しいから。」



「え?」

マルクは、行ってしまったアドルフの後ろ姿を見た。

アドルフは少しだけ涙が出た。

芸術の道でなら、世界のトップステージに立てると思っていたからだ。



軍の訓練は滑稽なものだった。

マルクは、計算が得意なので、訓練を免除され、別の作業をしていた。



『厳しい環境に身をおかないといけない。』

『みんながやっているのだから、きつい労働をしなければいけない。』



良い人間ほど、持っている感情だ。

マルクは良い人間だが、そういうのは、持っていなかった。

だから、マルクは、人々の間をすりぬけ、賢く生きられる。

楽をしているから、病気にもならない。

苦しい仕事を選ぶ必要など、どこにもないのだ。



「滑稽。」

マルクは上階から、軍の訓練を見ながら言った。

軍の訓練は、かっこいいものではない。

滑稽そのものだ。

「苦しむ必要ある?生きているのにさ!」



「苦しみ生きているから、犯罪者になってしまう。」

マルクは、自分の作業に取りかかった。





アドルフは、いつも泣いた後のような感じだった。

悲しみに打ちのめされているのではなく、まるで、本気で恋をして、魔法にかかった高校生のようだった。



とにかく、ぼーっとしていた。

「アドルフ、何かあった?」

マルクは聞いた。

「え?」

「なんかさ、最近、様子が変だから。」

「何も、ないよ。」

「ふーん。」



「実は、教官が、僕の絵を、勝手にアカデミーに送ったんだよ。

それで、僕は、見事合格。」



「そんなことってある?アドルフおめでとう。」



「でも、断った。こっちは、戦争に本気になったからね。」

「アドルフ?」

「ああ。前も言っただろう?ユダヤは迫害される。」

「でも、君だって、半分はユダヤ人だろう?軍の中にも、ユダヤはたくさんいるよ。」

「でも、純血じゃない。ユダヤの純血は、強いよ。」

「強いって何が?」

「例えば‥、勉強。頭が良いんだ。」



2人は上階から、芝生を見渡した。

「僕はドイツを強くしたい。」

アドルフは言った。



「アドルフ、それはどういう意味だい?」

マルクは聞いた。

「僕は、ドイツの政治家になる。」



数年後。

美しいヒトラーは、強い男を率いて、ドイツのトップに立った。







その頃、メゼラウスは、本当にメキシコのビーチで働いていた。

前は魔女として、夜は箒に乗っていた女の子も、普通の人間に戻ってしまった。

魔法があったのかも、忘れてしまっている。





夜のビーチでメゼラウスが立っていると、サメが、こちらに泳いできた。

メゼラウスの手から、金色の光が出ている。

魔法力が消えていくのだ。



「メゼラウス‥。」

父のトリアスが、海から顔を出した。

「父さん。」



「いいか。例え、魔法力を失っても、親の顔を忘れてはならぬぞ。」

「分かりました。僕は、どんなことがあっても、父さんと母さんの顔を忘れません。」



トリアスは手で、夜空に星を増やした。





「ばかたれ!!そんなこともわかっとらんのか!!」

会議中、よく、こんな風に、机をたたき、アドルフは怒鳴り散らした。

この時代だからこそ、許されたことだ。

殺し合いになるよりは、マシなことである。



アドルフは何度か毒殺を計画されたが、不死身だった。



「いいか、切り合いはダメだ。撃ち合いもな。」

「はい。」

「血を流す殺し方はダメだ。」

アドルフは言った。

アドルフと共に働いていたマルクは下を向いた。

マルクは、アドルフがユダヤ人を殺したいわけではないと分かっていた。

全部、一部のドイツ人のためだった。



そいつらにまかせておけば、血の戦争になる。

アドルフが、ガスでの安楽死を決定した時、声は震えていた。



アドルフは、そのやり方で、自分は死なないと分かっていた。



夜、政治家も兵士も、布団の中でぶるぶると震えた。

もちろん、アドルフもだ。



アドルフは、反対した方がよかったが、出来なかった。

アドルフがドイツの中で一番強かったのに、強さを持って反対できなかった。

後悔をして、よく、トイレや布団の中で、額をかいたが、

すぐに片付けることができた。

もしも自分が反対しても、すぐに心臓を撃ち抜かれ、自分は瀕死の傷をおい、

ドイツで血の戦争が始まるだけだ。



「はぁ‥。」

それを想うと、アドルフは、一瞬だが、安堵した。



アドルフは元々、芸術家であり、反抗の精神を持っていた。

世界中が、世界平和に反抗している時代の中で、アドルフは、ドイツ人を守ることを選んだ。



「僕は母さんの方が好きだよ。母さんは純血のドイツ人だ。」

時々、偉くなったアドルフは、マルクの前で、青年だったころのアドルフに戻った。

「そうか。」

「ああ。君と話していると、今が戦争中だということを忘れてしまう。」

「いつか戦争が終わって、平和な時代がくるのかな。

それまで、僕達は生きていると思う?」

「さぁな。歴史は繰り返すから。

もしも平和な時代がきたとしても、僕はユダヤの素敵なお嬢ちゃんまでも殺してしまったのだから、憎まれるにきまっている。」

「アドルフが殺したわけじゃないさ。

それに、ドイツ人にだって、可愛い子はたくさんいるよ。」



「ジャスト3時だ。ユダヤ50人、安楽死。プシュー‥。

恨まないでくれ。仏教の教えでは、生まれ変わりがあるという。

キリストはそんな事を言っていないが、どちらかな?」

「僕は、あると思う。」

「じゃあ、僕は恨まれる。

ああ、ユダヤの可愛いお嬢ちゃんまで、殺したくなかったよ。」

アドルフは窓から外を見て、マルクはうつむいた。



コンコン

「なんだ?」

「総督。総督にお手紙が届いております。」

兵士は敬礼をした。

「ご苦労。」

アドルフもきりりと敬礼を返した。



マルクは手紙をのぞきこんだ。

「ビスマルク?」



「ちがう、メゼラウスだ。なぜ、これをビスマルクと読む。

久しぶりだな。」

「食べたかったから。」

アドルフが手紙を読むと、中身は普通の内容だったので、2人は笑ってしまった。



中には、メゼラウスが勤めているサーフショップのスタンプがおされ、電話番号も記載されている。

「さっそく、かけてみよう。」

アドルフは電話をかけた。



「もしもし。」

「ああ、もしもし。こちら、ナチスドイツ総督アドルフ・ヒトラーであるが、

メゼラウス・キングシー君につないでくれるかな?」

「あ‥、俺だよ。」

「おお、メゼラウス。手紙をどうも、ありがとう。」

「ううん。戦争が激化しているが、大丈夫か?」

メゼラウスは弱った声で聞いた。

「ああ、こっちは、官邸にいるだけだよ。

君こそ、サーフショップというのは、なんだい?」

「サーフィンに使う道具を売っているんだよ。

僕がいる街は平和だから、ありがたい。」

「サーフィンだと?ふざけるな!ナチスドイツ総督の親友だと、それで言えるのか?

次回の町長選に立候補したまえ。」

「僕達はまだ、親友だったんだね。」

メゼラウスはにっこりと笑った。



「ドイツ軍が、ユダヤ人の虐殺をしていると新聞で読んだよ。

君は関わってないよね?」

「まぁ、直接的には、僕は手を下していない。

でも、そのドイツ軍のキャプテンは僕だ。」

「そんな‥。」

「心配しないでくれ。僕の方は、ずっと官邸にいるだけだ。

今もちょうど、友人のマルク君と会話をしていた。」



「どうも、マルクです。」

マルクは電話をとった。

「こちらは、メゼラウスだ。」

「魔法族ですか?」

「ちがうよ。君はそうなのかい?」

「ちがいます。」

「ヒトラーをよろしく、ビスマルク。」

「わかりました。」

マルクは電話をおいた。



「なんだって?」

「ヒトラーをよろしくだって。」

「ああ、アドルフと呼ぶように言ったのに。」



戦争も終盤にさしかかった。

ナチスドイツの政治家のトップも、死の恐怖に恐れ、鼻水をたらしたりした。

「みっともない。これでふきたまえ。」

アドルフはチリ紙を渡した。



【ハーゲン・ヒトラー】

兄の名札をつけた役員がせまってきた。

ハーゲンに実によく似ているが、別人だ。

「ユダヤ人を殺すのは正しいことだよな?」

「殺すわけじゃない。ドイツ人を守るためだ。」



重要な会議で、ヒトラーが尊敬までしていた年上の政治家が自殺したと聞かされた時は、さすがのヒトラーも鼻水が出てしまい、泣いた。

その政治家が自殺したことが悲しかったのではなく、自分のふがいなさに泣けてきた。



ヒトラーの夢の中。

『ハーゲン。』

兄のハーゲンは鉄工所で働いている。

銃を持った係長が、美しいハーゲンが働く姿を見張っていた。

『ロス。』

ロスは農場に働きに出ていた。

「ヒトラー。」

ババババ

ロスは自分の体に巻いた爆弾で自爆をした。



「ううう、ううう。」

総督が泣いているとバレたら、ドイツの新聞に書かれてしまう。

だから、泣く時は、吐くような声を出すようにしていた。

「おえええ!おえええ!」



「ケホッ、ケホッ。」



「ああ‥。」

ヒトラーは芸術家なので、想像することは得意だった。

酷い時には、崖の底の水たまりに、自分が浮いているという空想をした。



そして、秘密の花園に入って行く。

その時の自分はまだ高校生だった。

「あら、ヒトラー。」

大人になった自分が寝て、綺麗なお嬢さんたちに囲まれている。

「何しているの?」

「見ているだけよ。素敵な人だから。」



アドルフは海底に沈んでいく。

暗闇からメゼラウスが泳いできて、アドルフの腕をつかんだ。

メゼラウスはアドルフを抱きかかえ、海上を目指した。



「アドルフ、大丈夫か?」

たき火の横に、毛布にくるまれて座ったアドルフに、メゼラウスは聞いた。

「ああ、大丈夫だ。君が、助けてくれたの?」

「そうだよ。君と僕は、親友なんだろう?」

メゼラウスはニヤリと笑った。



「約束してくれ。絶対に死ぬな。」

「死なないのは無理だ。人間は必ず死ぬ。」





ついに、アドルフが死ぬ日がきた。

1945430

これは、未来への伝言だ。

ユダヤ人に、何の手も下していない、自分が、一番の犯罪者となる。

これこそが、神と世界に捧げる、最高の芸術だ。



自分はドイツ人を守り、罪をかぶった。

そのことは、最愛の妻のみが気付くだろう。

ユダヤの女神たちをたくさん殺したが、いつか愛される日がくる。



アドルフ・ヒトラーは敬礼をした。

自分も年をとった。



「総督。」

アドルフが振り向くと、美しい女兵士がサインをもらいに来た。



「はい。」

「ありがとうございます。」



「君。もしも、僕が死んだら、妻と一緒に死んだということにしてくれるか?」

「え?なんですって?」

「いやいや、僕に妻はいない。でも、妻がいて、一緒に毒を飲んで死んだと、

君が、周りに伝えてほしいんだ。

実は、僕は、死の病に侵されている。」

「そんな!!」

女兵士は口を両手で覆った。

「頼むよ。‥君の名前を教えてくれ。」

「リリー・シュテイロンです。」

「分かった。いいか。これは、君だけに伝える任務だからな。

リリー・シュテイロン大佐。」

アドルフは敬礼をした。

「はい。」

リリーも敬礼をした。リリーは走って戻って行った。

「頼んだぞ。」



「君も、聞いていたか?」

「え?」

「一応、君にも言っておこうか?」

「いや、全部、聞いていました。」

「そうか。」

アドルフは、名簿に、リリーをユダヤ人ということにした。

「君が、あの子を守ってあげてくれ。」

「分かりました。」



官邸に戻って行くアドルフに、若い兵士が声をかけた。

「総督。今日の午後3時に、ミッソーニ侯爵がおこしになるそうです。」

「ああ、ミッソーニ君には、ぜひお会いしたい。

昼にしてほしいと、伝えてもらえんか?」

「はい、承知しました。」



メキシコのサーフショップで、アドルフに電話をかけようと、手をおいたが、

メゼラウスはやめた。

そうすれば、歴史が止まってしまう。

メゼラウスは早く、歴史をすすめたかった。



アドルフは、ミッソーニ達と最後の昼食をとった。

ミッソーニは裕福そうに笑い、服につけたナプキンで口を拭いた。



『愛してる。』



「なんだい?君は、いつも変わっている。」

裕福なミッソーニは満面の笑みを浮かべた。



アドルフは、名簿に、ミッソーニを純血のユダヤということにした。

名簿を持った若い兵士の顔をのぞきこみ、その兵士たちも、全員ユダヤということにした。



「君が、責任をもって、みんなを守ってくれ。」

アドルフは、その中でも一番上の兵士に、みんなのことを頼んだ。



アドルフは、夕方5時からの会議のため、みんなと一緒に移動をしたが、

立ち止まった。

「すまんが、先に行ってくれるか?」

「え?」

「今日は友人のバースデーだ。しまった、忘れていた。

電話をしないといかん。」

「分かりました。」



アドルフは地下壕に向かった。

銃はいつも、コートのポケットに入れてあった。

使う事はなかったが、何度か使うことに憧れたものだ。

アドルフは生涯、一度も戦場に出ず、誰も殺さなかった。



「ヒトラーさん?」

階段を降りている最中に声をかけられ、アドルフは息を飲んだ。

恐る恐る戻ると、そこにはマルクが隠れていた。



「マルクス。」

「僕のことは、マルクでいいよ。」

「マルク。なぜ、ここにいる?」

「君と一緒に、最後を迎えるため。」



アドルフは毒の瓶を飲み干し、マルクに言った。

「僕は、妻と一緒に死ぬことにしてある。」

「それで、世界中の人の心に、ロマンス作品を描けるとでも思ったのかい?」

「ああ、そうとも。」



マルクは毒を飲み、青ざめていた。

「君の友達は、メゼラウスといったっけ?」

「ああ。そうだ。」

「彼も一緒じゃなくて、よかったのかい?」

「大丈夫。君が一番の僕の友人だ。」

そういうと、マルクは倒れ、意識を失った。

「マルク。死んだことにするのか?」

「もう死ぬよ。」



「一緒に‥。」

マルクはアドルフの手をとったが、アドルフはまだ元気だった。



「まだ生きている。死ぬのは無理だ。」

アドルフは少し体操をして、トレーニングをした。

ピラティスのような動きもだ。

ピラティスをしながら、ちらりとマルクを見ると、マルクはびくとも動かない。



アドルフはもう自分も死ぬ事にした。

アドルフは迷わず、アゴに銃を当て、引き金を引いた。

アドルフは死んだ。

自分の亡骸の上で立ち上がった。

「酷い姿だ。」



首に大きな穴が開いていた。

「マルク。すまなかったな。」



「アドルフ。」

マルクも立ち上がった。



2人の亡骸を見て、マルクが言った。

「僕達、死んじゃったね。」

「な、簡単だった。

終われせることは、いつも簡単だ。」

「そうだね。」



2人の亡骸は、病院に運ばれ、兵士たちが取り囲んで悲しんだ。



アドルフとマルクは、その光景を冷めた目で見守った

廊下でマルクは聞いた。

「僕達、これから、どこに行くのかな?」

「さぁ、とりあえず進もう。」

アドルフは言い、マルクは黙った。



「今までは生きていたから、とりあえず生きていこうと言っていたが、

今は死んでいる。不思議だな。」

アドルフは言った。





アドルフが気付くと、アドルフは湖に来ていた。

1人でボートを漕いでいる。

「マルク。」

アドルフは振り向いたが、マルクはいなかった。



「なんだ、1人か。」



『アドルフー!!』

岸で、可愛い女性がアドルフを呼んでいる。



「誰?」

「ジョジュアー!」

「あれ、ジョジュアって、誰?」



アドルフは岸についた。

「ジョジュア。少しは釣れた?」

「いや‥。」

「今日もなの?残念だわ。」



「君は、誰だ?」

「私?私は、あなたの妻、アンナよ。」

「アンナ‥?」



「ここは?」

「ここは、フランスよ。そこに私たちの家が見える。」



「ええ?」



数日間、アドルフは、はっきりとアドルフ・ヒトラーだった頃の記憶を持っていた。

仕事は木こりみたいだ。

1人で木を切っていると、不思議な風に包まれた。

『なんとかして、ドイツに帰らないと。』と、考えたが、遠くで戦闘機の音がした気がして、気を変えた。



「パパ、願い事を教えて。」

娘のメアリが聞いた。

「僕の願い事は、世界中の人々が、幸せになること。」

アドルフは、ケーキの火を吹き消した。

アンナとの間には、娘と息子が2人おり、こんな幸せなことはなかった。



「マルク。」

一瞬、背後にマルクの気配を感じて、アドルフはふりむいた。



「どうしたの?あなた、最近、少し変よ。」

「ああ、僕はおかしいんだ。」

「大丈夫?仕事は、休んだ方がいいわ。

私も、働きに出るから。」

「いや、いい。君は、無理をしないでくれ。

子供を産んだのだから。」





アドルフは、1人で湖に来た。

その様子を、魔力を取り戻したメゼラウスが見ていた。



アドルフは何かを探すようにしたが、メゼラウスのことが分からないようだ。

アドルフは岸に戻って行く。



「友よ。」

メゼラウスは湖に沈んだ。

湖の中で、学生時代の記憶がよみがえる。



「僕はね、戦争なんか大嫌いだ。」

そう言って、学生のアドルフは紙飛行機を飛ばした。

メゼラウスもにっこりと笑った。



「僕は、ダンサーになって、世界を楽しませたい。」

アドルフは、軽快なステップをふんだ。



「でも、絶対に無理だ。」

「無理じゃない。君なら、大丈夫だよ。」



「気分が上がったり、下がったりするんだ。

戦争が、始まるからだよね?」

「うん。」

「でも、ちょっとだけ、わくわくしちゃう。

君だけに言うけど、僕は世界で一番、有名になりたい。」







西暦2095年のメゼラウスは、王座で目を開けた。

自分だけに秘密を教えてくれた親友は、世界で一番の悪人となった。

心のどこかで、昔の親友と同じことをしないといけないという思いが残っていた。

「とにかく、やるしかない。」



「海底に住む竜族には、いかせません。

地上に住む下等な者たちに全てやらせます。」

嫌な感じの家来が、メゼラウスに言った。



「地上住んでいても、下等ではない。

同じ海竜族だ。」





アリアップ家では、娘のガジェルのみが、ベスの家に避難していた。

ベスは人間のため、狙われることがないからだ。



オルタとチェウと、他の側近たちは、作戦どおり動いてきた。

オルタは、何か言い、大きな窓に向かって歩く。



パン

オルタは撃たれ、胸から血を流し、口から血を吐いた。

チェウや側近がオルタを支え、撃った海竜族は逃げた。



「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。」

オルタは起き上がった。

それは全て偽の血だったのだ。作戦通りだ。



オイドレン、ロドリアム、キダン、双子、ドロシーは、ベトナム大統領官邸に来ていた。妖精2人は、ふわふわと優雅に飛んでいる。

キダンが言った。

「オルタが撃たれましたが、無事です。」

「そうか、よかった。」

「でも、メゼラウスとの戦いが、ついに始まります。」



「ああ‥。」

ワシールは下を向いた。

「あの、僕は‥。」



「大統領、君は、来なくてもいい。

俺達で、なんとかする。」

オイドレンが言った。



「そうですか、ありがとう。」





ようやく、メゼラウスとの戦いが始まった。

中国の大軍は、銃をメゼラウス達に向けた。





「あいつは、裏切るな。」

オルタは、ゼットを見て言った。

「そうですか?」

「当然だろう。」



海竜族たちが走ってきて、

大軍の前にいた、ドラゴンのゼットは、海竜族たちに向かった。

シャアアア

海竜族の兵を吹き飛ばし、

中国の大軍は、メゼラウスが魔法で出している、魚巨人兵にむかって、

銃を撃った。





「俺達、どうすればいい?」

オイドレンがキダンに聞いた。

双子とドロシーは不安な顔をしていた。

メゼラウスの過去全てを、能力で知ってしまったのだ。



「とりあえず、最悪の時は、僕が、メゼラウスの能力を奪うつもりだ。」

キダンが答えた。

「そんな事していいのか?えらい事になるぞ。」



「きっと、大丈夫だ。」

キダンの目は本気だった。



ゼットはまだ同じように戦っていた。

ふきとばすだけでは、海竜族達は死なない。



ロドリアムはそっと駆け出した。

「おい、ロドリアム!」

オイドレンがロドリアムを呼んだが、意味はなかった。

「ロドリアムは行ってしまった。」



キダンは数珠を出し、念仏を唱えている。



「あ!メゼラウスが!!」

ドロシーが叫んだ。

メゼラウスが巨大化したのだ。



すると、ゼットは人間の姿に戻り、メゼラウスの肩の辺りに浮かび上がった。



「あいつ、裏切ったな!!」

チェウが言った。

「やはり、思った通りだ。」

オルタは屋敷に戻った。



「ラインさん。」

部屋には、ラインが来ていた。

ラインは言った。

「手段は1つしかありません。」



メゼラウスの指示で、ゼットはドラゴンの姿に変身し、

曇り空に、激しく飛び上った。



こちらを見ている。



ゼットには強い力がある。

中国のような大国の王になるのが、当然と思っていた。

伴侶には、シールムを選び‥。



「シールム。」

クーアンは、ユリアルと共に、屋敷のテラスから戦いを見ていたシールムの腕をつかんだ。



「ごめん。」

クーアンは、シールムの二の腕辺りをつかみ、浮かび上がった。

そして、オルタが何かをつぶやき、クーアンを枯れ葉で作った雲のようなものに乗せた。



クーアンは、海竜族に変身し、鋭い爪をのばし、シールムの喉に当てた。

シールムは目を見開いた。

「お姉ちゃん!!」

ユリアルは叫んだ。

ゼットは一瞬おびえたが、威嚇してきた。



メゼラウスの方は、屋敷の中に、クオラの姿が見え、本当におびえていた。



『大丈夫よ、あなたは、アドルフとは別の人間だわ。』 



「ちがう。僕達は親友だった。」

ひるんだメゼラウスを、中国の兵士たちが襲ってきた。



「これは、大変な事になったな。」

オイドレンはキダンに囁いた。



双子は、妖精2人をそれぞれに抱いていた。



ロドリアムは海の中を泳ぎ、ドラゴンのゼットの背によじ登っていた。



クーアンに威嚇をしていたゼットは、ロドリアムに気づき、体を揺らして嫌がった。



ロドリアムは叫んだ。

「アシスト!マプランダー、ゼット!!」



キダンは杖を伸ばし、金色の光を出した。

金色の光は、ゼットに当たり、ゼットの動きは止まり、

ドラゴンの衣がパラパラとはがれだした。

キダンが倒れこんだ。

「大丈夫か、キダン。」



ロドリアムは箒を呼び寄せて、乗った。

ゼットは倒れこんだ。



ロドリアムは杖をキダンに向けた。

「アシスト!マギブ、ロドリアム。」



「あああー!!」

キダンは叫んだ。

「キダン、しっかりしろ!!」



クオラはメゼラウスにテレパシーを送り、メゼラウスの動きは止まっていた。

メゼラウスを襲おうとする大軍たちを、魚巨人兵が倒していた。

ロドリアムはメゼラウスに杖を向けた。



「待ってください、ロドリアムさん!!」

ドロシーは叫んだ。



オルタは全てを悟っていた。

オルタは双子に聞いた。

「行けるな?」

「はい。」

「シードラプロゲニーには、幻を魅せる力がある。」



オイドレンは聞いた。

「お前たち、どこに行く?」

「戦いを止めるために。」

「僕たち、行ってきます。」



「行ってこい。君たちが、希望の光だ。」

オルタは言い、手から魔力を出した。



「おい!!」



双子と妖精2人はテラスから飛んで行った。



双子は空を自在にゆっくりと飛び、交差し、

その姿は、アドルフとメゼラウスの姿になった。

ロドリアムもそれを見て、キダンがしていることに気づき、叫んだ。

「やめろー!!キダン!!」



キダンは止めなかった。キダンは弱った体で手を伸ばし、つぶやいた。

「マプランダー‥、メゼラウス。」



一瞬、時が止まったかと思うと、崩れだした。



「あああ!」

双子は落ちたが、オイドレンとドロシーがキャッチした。



大地震のように、全てが崩れだしたが、

海の中から、大サメに乗った男が現れた。



メゼラウスの父、トリアスの亡霊である。



「息子が迷惑をかけて、すまない。」



「海の神、トリアス様。」

オルタはトリアスを見た。



シールムと地上に降りていたクーアンは、膝をついた。



トリアスは言った。

「アシスト、マギブ、メゼラウス。」



メゼラウスの前には、アドルフが手を伸ばしていた。

「アドルフ。」

「僕の親友。君が、海の王だったなんて、知らなかった。」

アドルフは、メゼラウスを抱きしめた。



トリアスは言った。

「魔法国は中国でいい。海の王を連れ、我々は帰るぞ。」



すると、海竜族たちは、イルカに変身して、海に戻った。





「わあああ!!」

大軍たちは歓声をあげた。



オルタは魔法で、双子と弱ったキダンとドロシーを呼び寄せた。

チェウは拍手しながら、一歩下がった。

大軍たちは、さらに大きな歓声をあげた。



「あれ?俺はいいのか?」

オイドレンは呼ばれなかった。



箒に乗ったロドリアムが、オルタたちがいるテラスに来た。

「H.」

「ロドリアムです。」

「そうか。ありがとう。」





クーアンは、シールムに言った。

「シールム、ごめん。」

「ううん。」



「お姉ちゃん、大丈夫?ガジェルも戻ってきたよ。」

「シールム、心配したわ。無事でよかった。」

ガジェルはシールムをハグした。





「ゼット。」

戦いの一部始終を見ていたトゥアンが、海の中に倒れたゼットの下に来た。



「大丈夫かしら。」

トゥアンは、ラインを見た。

「ゼット。」

ラインは、ゼットを起こした。



「ゼット、大丈夫?」

「ああ、ライン。」

ゼットはニヤリと笑った。

「君を逃がす。いいか、別の時代にだ。」



「ゼットとは、もう会えないわね。」

「うん。姉さん、今までありがとう。」

「いいのよ。楽しかったわ。」



「アダーズトラベル。」

ラインは言った。



時代の動画が早送りされたり、巻き戻されたりするタイムトンネルの中で、

ゼットは、強い力で、少し前の時に飛び降りた。



屋台でお茶を飲むラインの肩をポンと叩く。

「なんだ!!」

まだゼットに会ったことのないラインは叫んだ。



ゼットはタイムトラベルをした。





「シールムとユリアル、また会いに来てね。」

「わかった。」

「ガジェル、元気でね。」

「ええ。」



ゼットは2016年のハワイに来た。



ゼットは、シールムとユリアルを狙うアブリゴット達に、少し攻撃をすると、

アブリゴット達は、ゼットに向けて、殺しの魔法をかけた。

それこそが、ゼットの狙いだった。



ゼットは、世界に1人しかいない魔法力を持っていた。

尊い魔力を持ったものを殺すと、自分たちにもかかるのだ。

ゼットは死に、アブリゴットたちも死んだ。



「ゼットさん?」

警察に運ばれるゼットを、シールムが覗き込んだ。

「もうダメだ。」

警官がシールムを下がらせようとしたが、シールムは言った。

「ゼットさん、ありがとう。」

「ほら、いけ。」



「愛してたわ。」





弱ったキダンを、オルタが治した。

「本当によくやってくれたな。」

「いえ。」

「帰れそうか。」

「はい。」



「ありがとうございました。」

「こちらこそ、ありがとう。」

ドロシーと双子がお礼を言うと、オルタはニッコリとした。



「タイムトラベル。」

6人と妖精2人は、チェウの光で、タイムトラベルをした。



「はぁぁ。」

ため息をつき、オルタは屋敷の中に入り、ルイを見つけ、言った。



「お前は何をしていたんだ!!」



チェウは、スマホを見た。

お腹がふっくらとしたハンナが写メールを送ってきていた。





プーチは家の前で帰りを待っていた。

ドン

「ああ!」

「お父さん!」

双子はプーチにとびついた。

「よく無事で帰ってきてくれたな。ドロシーさん、ありがとう。」



「それで、どうだったんじゃ?」

プーチはオイドレンに聞いた。



「よかったよ。魔法国は中国になったしね。」

ロドリアムは言った。

「おお、そうか。よかった。」



「とにかく入れ。夕食を準備してある。」

プーチは言った。



オイドレンは聞いた。

「ロドリアム。どさくさにまぎれて、マギブの力を手に入れたんじゃないか。」

「ああ、そうだよ。キダン、すまなかった。」



「マプランダー‥。」

「やめておけ。傷にさわるぞ。」

キダンはマプランダーの魔法をかけようとしたが、オイドレンが止めた。



ピンポーン

7人と妖精2人が夕食を食べていると、チャイムの音がした。

「はい。」

「突然、ごめんなさい。」

そこには、サーンとお父さんが立っていた。

「シードラプロゲニーの里親が見つかったんです。」

「ああ、そうか。よかった。」

プーチは言った。

双子は少しだけ悔しい気持ちを抑えたが、兄妹にならない方が、

結婚できる確率が上がる。

サーンはニヤリと笑った。



数日後、双子とオイドレンとロドリアムは、ボスティーのバスケの試合を見に行った。

「ボスティー!!」

ボスティーは手を振らないが、真剣な目で一瞬こちらを見た。

「きゃー!!」



「次は、時空の旅だな。」

「タイムトラベルと何が違うの?」

「今までのタイムトラベルは、同じ次元の中での、旅だった。

でも、次は、次元の同士の旅になる。つまり、宇宙旅行みたいなもんだ。」

「それは、大変そうだね。」

「ああ、でもきっと楽しいだろう。」



モースフロウは、ちょうど、体育館の上に来ていた。

モースフロウは優雅に飛び、美しいミシルマを映した。



私の話はこれで終わり。



【Matriacil】

【MICILUMA】

【jingle bell hops】

【あなたは笑う】

【恋】

By Shino Nishikawa


#マトルキャット

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