Tokyo young story2

June 27, 2018

Tokyo young story2

2月だが、晴れの松山は、東京の3月の陽気である。

「結構なお手前で。」

ハナは、御茶を飲んだ。

 

タケイとハナは、松山で行われているお茶席に来ている。

ミチコから呼ばれたのだ。

 

「今日は、ありがとう。」

着物姿のミチコは頭を下げた。

ミチコはまだ、茶道教室を開けていない。家柄の関係だ。

和の習い事には、時に、家柄が関係する。

 

「俺達、旅行もかねて来たから。」

「でも、来てもらえて嬉しかった。」

ミチコは両手で、タケイの手をとった。

ミチコは左手の薬指に指輪をしている。

 

「ミッチー、それ。」

ハナが口をはさんだ。

「私、結婚するの。」

 

「ミチコ!」

長身の男性がかけてくる。

 

「モデルの帯刀隆盛さん。」

「帯刀です、どうも。」

 

「モデルなんですか?」

タケイが聞いた。

「はい。でも、次のショーが終わったら、引退するつもりです。ミチコのために、堅気の仕事に戻ります。」

 

ゴーン

 

「松山って、いい所だよね。」

ハナは言った。

「うん‥。」

「落ち込むのもしょうがないよ。ミッチーが結婚するんだから。」

「まぁ、予想はしてたけどね。」

「俺もいつか結婚したいなぁ~。」

 

「CAの人と、別れて何カ月?」

タケイは聞いた。

「2か月。」

強めの風が吹いた。本当に松山はいい所だ。

 

 

「パリコレクション。」

 

「ミラノコレクション。」

 

「ロンドンコレクション。」

 

「ニューヨークコレクション。」

 

「この4つが、世界四大コレクションだ。東京コレクションは、含まれていない。」

イロウは言った。

メンズモデル達は、うつむいている。

「これが、どういうことか分かるか?東京のファッションは、世界に追いついていない。」

 

「少しでもレベルが上がるように、キャットウォークの練習を、毎日1時間やれ。」

イロウは言い、メンズモデル達は、真剣な表情で、一列で歩き出した。

 

「トシヤ、やれ。」

イロウが言い、モデルのトシヤは白い壁の前に立った。

両足広げジャンプや、探偵ポーズをした。

 

「これが見本だ。どんなに写真がぶれても、最高の一枚を目指せ!!」

「はい!!」

 

モデル達はそれぞれ、白い壁の前でポーズをした。

 

 

「ナカ!」

待ち合わせ場所で、ナカに気づいたコウタは手をあげた。

「コウタ!!」

ナカは小走りで駆け寄ってきた。

 

「はぁ。ちょっと遅れちゃってごめんね。」

「ううん、先輩のブックカフェ行こうぜ。」

「うん。タケイ先輩が会社を辞めて、ブックカフェの店員になるとは、驚いたよ‥。」

「会社を辞めたのは、クリエイターとして、独立するためらしいよ。」

 

「へぇ~、そうなんだぁ。‥ところで、コウタ、就職決まった?」

「決まった。群馬の工事会社。」

「よかったね。おめでとう。」

「今までごちゃごちゃした所にいたから、綺麗な空気が吸えるし、丁度いい。」

ナカは町並みを見た。

東京の空気は、良いとは言えない時もある。

 

「ここだ。タケイ先輩のブックカフェ。」

 

「こんにちは。」

ナカはブックカフェの扉を開けた。

「いらっしゃいませ!」

挨拶をしたのは、タケイだ。

「来てくれたんだ。」

「はい。」

「先輩、これ、お土産です。」

「ありがとう。」

コウタは、タケイに群馬のお土産を渡した。

 

タケイは水の載ったトレーを持ち、歩いて行く。

外は雑踏なのに、このカフェは森の中にあるみたいだ。

「空気清浄機のおかげかな?」

タケイは言った。

 

ベッドがある部屋もある。

泊まれるブックカフェなのだ。

 

「お決まりになりましたら、そのボタン押してください。」

タケイはメニューを見せ、行ってしまった。

 

コウタはエビフライカレー、ナカはハンバーグプレートを頼んだ。

かなり美味しい。

 

「都会のオアシス。それがコンセプトなんだ。」

タケイは、特別サービスのブルーの飲み物を置いた。

炭酸が効いていて、とても美味しい。しかも、ローカロリーだ。

 

ナカは、漫画家の画集を見ていた。

とても高価な本で、しかも、普通の本屋には置いていない。

 

ナカは東京でクリエイターやモデルの人達と関わり、絵の勉強を始めた。

時々、美大に通っている。

 

コウタは、ファッション誌を見ていた。

かなり昔のナンバーも置いてある。

 

「よかったら、これ。」

タケイが、ファッションショーのチケットを2枚くれた。

 

「ありがとうございます。」

「俺とハナも行くからさ。ナカと一緒に来いよ。」

 

「どうしたの?」

ナカが寄ってきた。

「これ。」

コウタはチケットを見せた。

 

 

東京コレクション当日。

 

「俺、バカじゃん。」

ハナは、ショーを意識して、ホスト風のグレーのスーツを着て来ていた。

タケイは、東京ブランドのパーカーとズボンをはいている。

 

「どうしよう。」

ナカはユニクロだ。大学に行く時と同じような格好である。

「これ一応、バーバリー。」

コウタは言った。

「へぇ~。」

「ネットで買ったんだ。」

 

エムフローがドライバー付きの高級車で到着した。

マドモアゼルユリアを連れている。

 

パシャパシャパシャ

一斉にシャッターが押される。

 

次に到着したのは、キンキキッズだ。

 

「カッコイイ!!」

ナカは言った。

「写メ送っちゃお~。」

ハナは言った。

「俺の母ちゃんが、光一のファンなんだよ。」

 

次から次へと、芸能人が到着した。

ゲストはもちろん、芸能人だけではない。

東京の有名ショップのオーナーや、海外ファッションエディターも、インタビューを受けている。

 

バックステージでは‥。

イロウが率いるモデル達は、ミルエスのショーに出ることになっていた。

「いいか、これは序章だ。」

イロウが言った。

Miles(ミルエス)は、山梨に本拠地を置くブランドだ。

髪型はピッタリした感じで、スーツと、次に、アウトドア系の服を着る。

みんな、なんなくこなした。

デザイナーの風山アオは、少し拍手をしながら、最後にキャットウォークに登場した。

 

 

次は、シャネルだ。

代々木公園に場所を移動した。

ステージは近未来的な感じに仕上がっており、モデル達も、近未来的な服を着た。

 

「ショーは一瞬で終わるが、シャネルのショーは全て歴史に残る。」

シャネルの上の人がモデルに言い、モデル達は真剣にうなずいた。

 

最後のショーは、ヨウジヤマモトだ。

また、現場に戻らないといけない。

モデル達は、ワゴン車で移動をした。

 

イロウは、ヨウジヤマモトには特別な思いがあった。

ヨウジヤマモトは日本のハイブランドの中で、一番世界に認められているブランドである。

 

「よし、みんな、いいな。」

イロウは、黒スーツを着て、モデル達の髪型をチェックした。

モデルの仁木(よしき)の前に立った。

「ちょっと、違うんだよなぁ。」

イロウは言い、スタッフにヘアクリームを持ってこさせた。

 

「え‥。」

隣にいたトウヤは顔をしかめた。

仁木の髪型は変な感じにされてしまっている。

 

「みんな、準備はいいかな?」

ヤマモト先生は、控室を覗いた。

「あれ?」

イロウが着るハズの巨大衣装は、別の人が着ている。

 

「君、衣装が違うよ。」

ヤマモト先生は言った。

 

イロウはその新人が着るはずだったスーツを着ていたのだ。

 

「この子の髪型、変じゃないか?」

ヤマモト先生が言い、男性美容師が急いで、髪を直した。

 

ショーの始まりである。

シャッター音がかなり大きい。

ヨウジヤマモトは、東京コレクションで最大の目玉である。

 

タケイ達は中央の席をもらっていたが、行けず、外で立ち見だった。

 

イロウは巨大衣装で登場した。

ショーは大成功である。

ヤマモト先生は笑っていた。

 

 

ナカは平日の美大の中を歩いていた。

ナカは通信制の学生だが、教授に呼ばれたのだ。

「すみません。山本です。」

「どうぞ。」

 

ナカを担当している教授はまだ若い男だ。

「あの‥話って。」

「ああ。山本君さ、コンクールに絵を出してみない?」

「え‥。」

「山本君の作品、すごくいいから。」

「はい。」

 

 

ナカは、午後の大学の授業に出席した。

ナカは、社会学部だ。

 

「間に合って良かった。」

大学の友達のジン(神林湘南)が、黒いケースに入ったギターを下に置き、ナカの隣に座った。

ジンは平均体系の男で、黒髪で眼鏡をかけている。

ナカが見ていた、絵画コンクールの募集要項の紙を覗き込んだ。

「コンクール?」

「うん、美大の教授が出品しろって。」

「へぇ~、すごいね。実は俺もさ、バンドのメンバーに誘われてるんだ。」

「え‥、メジャーデビューってこと?」

「そう。ボーカルの男がめっちゃかっこいいバンドなんだけど。」

「へぇ~‥、やってみれば?」

「でもまだ、わかんないんだよなぁ~。」

 

「あんた達、授業始まったら、黙りなさいよ。」

前に座っている、綺麗だがしっかり者で、男子から恐れられている、森山さんが振り返って言った。

「はい。」

 

「あれぇ~、弁護士を目指している森山さんが、この講座受けるなんて、珍しいね。」

ジンは言った。ジンは森山さんにちょっかいを出すが、森山さんのことが好きなのだ。

森山さんも森山さんで、ジンを気に入っていた。

メジャーデビューの話がきているのに、分からないと言っているジンにイライラしていた。

 

「別にいいでしょ。」

暖色系の眼鏡をかけた森山さんは、冷たく言い放った。

「はいはい。」

ジンはニヤニヤして、答えた。

 

帰り道、ジンがナカに話しかけた。

「コウタにまた会わせてよ。」

「うん。」

 

「コウタなら、Twitterやってるよ。」

「あー、俺、Twitterやってないの。」

「え‥。」

「SNSとか、めんどくさいじゃん。」

「そっかぁ~‥。」

ナカは下を向いた。ナカは、SNSが結構楽しいからだ。

 

「明日、レコード会社行く。」

「そうなんだ、頑張ってね。」

「うん。」

 

次の日‥。

伊流琉千家がいるレコード会社SNダンコーミュージックには、イロウも呼ばれていた。

本格的に、ミュージシャン活動を始めるためだ。

 

「あ‥モデルの浅雪イロウさん。」

眼鏡のオジサンが、イロウを見て言った。

「どうも。伊流さん、いらっしゃいますか?」

「伊流さんなら、奥です。ナツミさん、ご案内して。」

書類を整理していたナツミさんが、イロウの方へ来た。

「こちらです。」

ナツミさんは愛想笑いで、イロウを案内した。

ナツミさんは、以前、ホステスをしており、人生をやり直すため、この会社に雇ってもらっている。

「伊流さんは、新作のミュージックビデオのことで、お取引様と会議中です。もうすぐ終わるとは思いますけど。」

 

「それまで、こちらで。」

ナツミさんは愛想笑いで、椅子を指した。

「はい。」

「お茶お持ちしますか?」

「いえ、大丈夫です。」

 

イロウは会社の中を眺めた。

ホステス風の女性が、男とこそこそ話したり、妊婦さんが男に手をひかれ、個室から出てきたりしている。

 

「では、今日は。」

「はい、ありがとうございました。」

 

「あ、ごめんなさい。」

会議室から出てきた琉千家が言った。

「いや、大丈夫。」

 

「それでさ‥。」

会議室にイロウと入った琉千家が言った。

「新人とコラボしない?」

「新人と‥?」

「新人バンド。」

 

「伊流さーん。」

先ほどのメガネの男が、呼びかけた。

ジンを含め、新人バンドのメンバーが勢ぞろいしている。

 

「やることにした?」

メガネの男、中司さんがジンに聞いた。

「はい。」

ジンも答えた。

 

 

「ボーカルの今原ハヤンです。」

「ハーフなの?」

イロウは聞いた。

「いえ、本名は、隼人です。」

「そっか。」

 

「ギターの、神林湘南です。」

「よろしく。」

イロウは握手した。

 

「ベースの日々山キオです。」

「どうも。」

 

「ドラムの鈴木川マオです。」

「はい。」

マオは眼鏡の男で、ちょっとカッコイイ感じだ。

 

「バンド名は、Probably dogです。」

ボーカルのハヤンが言った。

「よろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

メンバーは立ち上がった。

 

 

その頃、バイト終わりのナカとコウタは、ナカのカフェで、コーヒーを飲みながら話していた。

「ねえ、広野さんのことは、もういいの?」

「何?」

「だからぁ‥広野さんのこと。」

「ああ、告ったよ。」

「ええ?!」

 

 

夜、地元に帰ったコウタは、広野さんの仕事が終わるのを、待ち伏せしていた。

「ミヨコさんっ。」

コウタは広野さんの腕をつかんだ。

「え‥。」

 

「あの‥俺、ずっと前から、ミヨコさんのことが好きだったんです。」

「コウタ君‥?」

「はい。」

「私、彼氏いるよ。」

 

「‥じゃあ、ダメですか?」

「でも、その気持ちは、嬉しいかな。」

 

「友達から、始めてもらえますか?」

「はい、喜んで。」

 

広野さんも、コウタに告白されたことは、嬉しかった。

 

 

「‥それで、友達から、関係を始めることになったんだ。」

「それって、付き合うってこと?」

「多分、そうなると思う。」

コウタは、得意気で言った。

 

「よかったね。」

「ナカは、好きな人とかいないの?」

「あー‥、いない。」

ナカは暗い顔をした。

 

先月のことだ。

明代さんが、彼と入籍することになったのだ。

明代さんはデパ地下で働いている。

デパ地下で、従業員同士のおしゃべりを立ち聞きしてしまったのだ。

 

「よく来てくれるね。」

明代さんが勤めるデパ地下のカフェに通い詰めていたので、明代さんから話しかけられるようになっていた。

明代さんは、ナカの気持ちをうっすら気づいていたのだ。

 

正直言って、ナカは、明代さんにとって、好みのタイプだった。

でも、彼がダメな男で、情が移ってしまい、別れることが出来なかった。

 

「絵を描いてるの?」

「はい。‥でも、どうして分かったんですか?」

「髪に、絵の具がついていたから。」

 

「圭ちゃん‥。」

明代の婚約者、圭が来た。

「明代、来ちゃった。」

「今日、仕事は?」                                     

「休んだよぉ~ん。」

圭は、勝手に椅子に座りこんだ。

 

別の日、ナカは明代さんに聞いた。

「結婚するって本当ですか?」

「え‥。うん‥。」

「まだ早いと思います。」

「私もそう思うんだけどね‥。」

明代さんは、別れられないという感じだ。

 

明代さんが入籍してしまう日、ナカはいつになく怒りに震えていた。

何もできない自分が情けなかった。

ナカは起き、仕度をした。

市役所で、明代さんを待ち伏せするためだ。

 

ついに、明代さんと彼が、市役所に来た。

明代さんは、浮かない顔をしている。

 

「明代さん、いいんですか?」

「ダメ‥。」

明代さんは、泣いた。

 

「じゃあ、来てください。」

ナカは、明代さんの手を引き、走った。

 

「好きじゃないなら、別れてくださいよ!!」

ナカは言った。

「うん‥。」

 

その様子を偶然見ていたタケイが、明代さんに、良いアパートを紹介した。

「岩手、帰れない?」

「はい、まだ‥。」

実家に帰るという手もあったが、それは、明代さんにとって、気まずいことだった。

 

「ありがとね、タケイさんが、アパートを紹介してくれたの。」

明代さんは、カフェにまた来たナカに言った。

 

圭はちょうど、ハナの知り合いだったので、ハナは、明代さんと別れるよう、圭に言い聞かせた。

 

 

ナカの家に封筒が届いた。

コンクールの絵が入賞したのだ。

「あ‥。」

 

美大に行くと、女子大生達と談笑していた葉山先生が、ナカに声をかけた。

「山本君。コンクール入賞おめでとう。」

「はい、ありがとうございます。」

 

「コンクール入賞?何それ。」

女子大生達はクスクス笑っている。

「絵画だよ。陶芸クラスの君達には、関係ない。」

「はぁ?」

「陶芸なんて、需要がないのにね。」

「なわけないじゃん。」

「やっぱり、先生のこと、狙うのやめるね。」

 

「葉山、バカじゃん。」

「あいつさ、食べ物を何に載せて食べてるの?はぁ?マジありえねぇんだけど!」

女子大生達は話しながら、行ってしまった。

 

 

「山本君、漫画家の先生のアシスタントにならない?」

「え?」

「日高オサム先生が、山本君の絵を気に入ったらしいんだよ。」

 

 

「こんにちは。」

ナカは、日高オサム先生のアシスタントのバイトをすることになった。

カフェのバイトはもうすぐ辞めることになる。

 

バイト終わりには、ナカはコウタと約束があった。

去年、タケイ先輩と行った青山のライブハウスで、Probably Dogsのお披露目ライブがあるのだ。

 

「コウタ!」

「おお‥。」

コウタはお洒落な帽子をかぶっている。

 

「なんか、モデルみたいだね。」

「実は、雑誌の読者モデルになったんだ。」

「え、そうなの?」

「そういうのやるの、今年で最後になるから。」

 

ライブ会場に入ると、まだ、そこまでは人はいなかった。

有名なバンドマンである、醗さんが、女の子2人に言い寄られている。

 

「いいじゃん、歌わせてよ!」

「ダメだって。」

「‥出来ないなら、自殺する。」

「そういう脅しは、ダメだぞ。」

 

そのうちにスタッフが来て、女の子2人を外に出した。

 

「おお~‥醗さん、こんにちはぁ‥。」

小太りのダンサー、黒木刑事が来た。

醗は少し、舌打ちをした。

「どしたんすか。」

黒木刑事が聞いた。

醗は酷くイライラしているようだ。

「あ~‥黒木さん、その体で、音楽作ってるって本当?」

醗は酷く痩せている。

「ホントっすよ。」

黒木刑事はニヤニヤと笑った。

「何言ってるんですか。」

醗は黙って、ステージを見つめた。

 

「来てたんだ。」

タケイとハナが、ナカとコウタの下に来た。

ナカが答えた。

「はい、ギターの神林君と、同じ大学で。」

 

「Probably Dogsだって。これから偉くなるぞぉ‥。」

ハナがチラシを見た。

 

Probably Dogsのライブは、超最高だった。

 

次の日、タケイはSNダンコーミュージックに行くことになっていた。

SNダンコーミュージックに所属する、タルタル倶楽部のホームページを作ることになったのだ。

 

「ティーボ、何その写真。」

幹雄が、ティーボスがタブレットで見ていた写真を見て言った。

トナや勝夫も、その写真を覗き込んだ。

 

「俺に似てる人達の写真。定期的に、食事会をしているんだよ。」

「ええっ?!」

 

「どんどんメンバーが増えているんだ‥。女子もいるよ。」

ティーボスが言い、3人はドン引きした。

 

「いずれ、メンバー同士が結婚すると思う。そうなったら、どうしよう。」

ティーボスはうっとりして言った。

「ちょっとそれ、ヤバいんじゃない?」

幹雄が言った。トナや勝夫も、何か言っている。

 

「あの‥。」

タケイが会議室のドアを恐る恐る開けた。

「あ‥、Webデザイナーのタケイさんですか?」

「はい。」

 

 

その頃、上の階では、琉千家と中司さん、小太りの従業員、古井(こい)が話していた。

古井は最近入社してきた男で、みんなから嫌われている。

 

「一発アタリャ、良いっていうじゃん。俺も、作曲やってみよっかなぁ~。」

「あのね、ここの高専の人達は、一発二発じゃないの。最低、100発。」

中司さんが言った。

「高専?アーティストのこと、高専なんて言い方するんですか。」

「そう。高度専門プロフェッショナル。」

中司さんが言った。

 

「社長、どうも。」

社長のシオンニシザワが入ってきたので、琉千家が立ち上がり、頭を下げた。

シオンニシザワは初老の太った女性である。

 

「おお~暑い暑い。5月なのに外、すっごい暑いわよ。」

「そうですか、お疲れ様です。外回りどうでしたか?」

「どうもこうも。私は、カフェでお茶してきただけなんだから。」

 

「先輩、いいじゃないですか!」

若手バンドの男が、醗を呼び止める声だ。

 

「あら、チャラバン君だわ。あの子達、もうダメね。」

「そう‥ですよね。」

琉千家はうなずいた。

 

 

「いやぁ~、どうもどうも。」

タルタル倶楽部との打ち合わせが終わり、会議室の外に出ると、若手バンドの岩崎がしつこく醗を追いかけていた。

 

「この歌、くださいよ。」

岩崎が言った。

 

醗はため息をついた。

「覚悟あるの?」

「覚悟ってなんですか!」

 

「え‥。」

タケイは驚いてしまった。

 

「岩、ダメじゃん。」

トナが岩崎に駆け寄った。

「今度さ、一緒に作ってやるよ。」

幹雄が言うと、ティーボスが幹雄を小突いた。

タルタル倶楽部の歌は、ティーボスが書いているのだ。

 

「分かった、ティーボはいい。ね、俺達が手伝うから。」

 

タケイは切なくなり、会社を後にした。

 

「はぁ‥。」

電車でため息をついていると、ハナがスーツの男達と談笑をしながら、電車に乗り込んできた。

タケイは気づかないふりをしたが、ハナが気づいてしまった。

「タケイ。」

「あ、うん‥。」

 

「元気ないね。」

タケイとハナは、一緒にご飯を食べることになった。

場所はガストである。

 

「仕事で、疲れてるから‥。」

タケイはうつむいた。

 

 

その頃、マキノは、居酒屋で、1人で飲んでいた。

「なんで、いいじゃないですか!」

女の子の大きな声がしたので、マキノは振り向いた。

 

「うわ‥宮里さん‥。」

マキノは頭を抱えた。

 

「マキノ君?」

醗とバンビに言い寄っていた宮里さんが、マキノに気づいてしまった。

 

 

マキノは宮里さんを、原宿駅まで送ることになってしまった。

「音楽なんか‥しない方がいいですよ。大体、異常じゃないですか。好きでもない人に、愛の歌を歌うなんて。」

「うん‥。」

「あんなの、オカシイ人達がやっていることですから。」

「うん‥。」

「ところで今、なんの仕事をしているんですか?」

「私は、本屋で働いていて。」

「あ、そうなんだ。」

電車が通りすぎた。

 

「じゃあ、これで‥。」

「あれ、マキノ君は、乗らないの?」

「俺は、家が青山だから‥。」

「そうなんだ。」

宮里さんは、可愛らしく手を振り、行ってしまった。

 

宮里さんは電車の中で、バックの中に通帳を広げた。

残金は6万しかない。

「全財産6万‥。」

宮里さんは小声で言った。

 

宮里さんの実家は山形にあり、まあまあ裕福だったが、東京に恋してしまった彼女は、実家に戻ることが出来ず、貧困だった。

貧困女性が行きつく先は、風俗だけでない。

音楽の世界だ。

でも、なかなか、受け入れてもらえない。

 

「自殺者ゼロね、今年の目標も。」

帰ろうとした琉千家に、シオンニシザワが話しかけた。

「はい、そうですね。」

 

「はぁ~‥。」

琉千家は自宅まで歩く。

琉千家のマンションは、防音で、琉千家のバンド、シャリシャリズのメンバー全員が同じマンションに住んでいる。

 

「誰が自殺に追い込んでいるんだろう?」

 

「て、俺か。」

 

「なんせ、ザッチーに、彼女が3人もいた時はびっくりした。」

シャリシャリズのメンバーの一人は自殺しているが、似ている人をいれたので、ファンにはバレていない。

「はぁ~‥。」

ソファーに横になり、バンド雑誌を読む。

こういう雑誌は好きだ。

 

 

「もしもし。ママ?」

ジンの好きな人である、森山さんが、親に電話していた。

コツン

窓に小石が当たったので、電話をしながら、ベランダから下を見ると、ジンが来ていた。

「卒業したら、実家に帰るね。」

森山さんは言った。

「ええ?弁護士を目指すんじゃないの?」

「だから、実家で暮らしながら、働いて、弁護士目指すから。」

「ふーん。彼氏はいいの?」

「まぁ、それは大丈夫。」

「分かった。」

 

「ジン!」

電話を切り、森山さんは外に出た。

 

「カナ、突然ごめん。」

「いや、大丈夫。どうしたの?」

「デビューしたんだ。」

「知ってるよ。私、卒業したら、実家に帰って、弁護士を目指すことにしたから。」

「じゃあ、あんまり、会えなくなるね。」

 

「ジン。歌を一度書いたら、二度と結婚できないと思いな。」

「そんな。」

「ファンを裏切れば、きっと誰かを殺してしまう。」

 

カナは階段をのぼりながら、考えた。

カナのお父さんは、元は有名な歌手だったのだ。

カナのお母さんと結婚するため、死んだことにした。

後追い自殺が起きたと聞いている。

 

カナは部屋に戻り、課題をしながら、息をついた。

「私は、スターとは結婚しない。」

 

 

「まだ戻れないの!!」

宮里さんは、暗い部屋で、親に電話しながら泣いていた。

「愛子、好きな人がいるの?」

宮里さんの母親は聞いた。

「そう‥。」

「誰‥?」

「言えない。」

「言えないって何!!」

愛子は部屋に貼ってあるポスターを見た。

野球選手や、バレー選手、バスケ選手のポスターだ。

 

 

同じ頃、チャラバンドのボーカル、岩崎も泣きながら電話していた。

足元には、醗に話しかけていた、ライブハウスの女の子2人がいる。

「バンド辞めたら、俺、なんにも残らないっすよ。」

電話の相手は幹雄だ。

「大丈夫だって。」

「俺、どうするんですか。これから。」

 

「大丈夫だよぉ。」

「岩ちゃんの歌、最高だから。」

女の子2人が慰めた。

 

 

「俺、地元に帰るよ。」

「なんで。」

タケイはハナに言った。

2人はドリンクバーの飲み物を飲みながら、話しこんでいる。

明日は2人とも休みだ。

「でも‥タケイは、いろんな人の面倒を見ているし、芸能人からも信用されている。だから、東京に残った方がいいと思うよ。俺も、仕事があるうちは、戻るつもりないから。」

ハナは言った。

 

 

「これ‥歌ってもらえますか?」

宮里さんは、アラツの楽屋に来ていた。

「考えてみるね。」

松は優しく笑い、マーキンはぼんやりとした感じで、宮里さんと握手を交わした。

 

「あれー、女の子?」

顔を出したのは、手山だ。

「あ、うん。作詞家の‥。」

「作詞家?へぇ~。」

手山は、宮里さんの曲を聞いた。

 

「いい歌だね。」

手山の笑顔はすかしている。

その音源は、アカペラのものだった。

 

そこに、音楽の関係で来ていた醗が通りかかった。

醗は立ち止まり、手山と宮里さんのやり取りを見た。

 

手山は言った。

「分かった。この歌、俺達が歌う。」

「え‥、いいんですか!」

「ちょっと、社長に聞いてみるね。」

「ありがとうございます。」

喜んだ宮里さんは、楽屋を後にした。

松とマーキンは、ヘアバンドをつけ、メイクの準備をしている。

 

手山は音源を持って、すまし顔で歩いて行く。

「いいの?」

醗は、手山に声をかけた。

「え?」

手山は振り向いた。

 

「あの子がデビューするってことだよ。でも、あの子には、次がないだろう。」

「別に、あの子にとっては、生活費ですから。」

手山は言い、行ってしまった。

 

醗のバンド、ビートバンビのメンバー3人が来た。

「1曲だけなんて、人生にヒビが入るだけ。」

 

「音楽家になるという、意味が分かっていない。」

ビートバンビは楽屋に入った。

 

「音楽家は、何だと思う?」

太った女である、シオンニシザワが、チャラバンドの岩崎に聞いた。

隣には、琉千家がいる。

「音楽家が何かなんて、考えたことないですよ。仕事ですから。」

「そうですか。でも、もうあなたは、歌が書けない。」

シオンが言った。

「あ~、最初の方のヤツは、どうやって書いたか忘れちゃいました。」

 

「あと3曲書いて、ものにならなければ、岩はもう引退だ。」

琉千家が言った。

「うっぜ。」

岩は小さくもらした。

 

「でも~、いるでしょう、俺にだって。ファンが。」

「自分にファンがいるだなんて、自分で言うな。」

琉千家は言い、シオンは目を落とした。

 

部屋を出ようとドアに手をかけた岩が聞いた。

「音楽家は、なんなんですか?」

「シスターよ。」

「うっぜ。」

岩は出て行った。

 

 

夜。タワーマンション、ピュアラルアントの一室でパーティーが行われた。

有名演出家の誕生パーティーである。

 

「ありがとうございました。」

「こちらこそ、ありがとう。」

ナカは、日高オサム先生の部屋を出た。

「あ。」

そこにいたのは、タケイとハナである。

「今日、これから上でパーティーなんだよ。なぜか呼ばれちゃって。」

「こんな服でいいのかな?」

2人とも、普段着だ。

でも、東京で一人前の給料をもらっているので、上質な服を着ている。

 

「僕はこれで。」

ナカは背を向けた。

「気をつけて帰れよ!」

「はい。先輩達も‥。」

 

港区を一人で歩く。

お気に入りの総菜屋があるが、ナカのアパートは日吉なので、それまでにまずくなってしまう。

 

「明代さん?」

明代さんに似た人が、紳士と歩いて行く。

「な、わけないか。」

ナカはついに、明代さんと連絡先を交換した。

明代さんから送られてきた写メを開く。

『湘南での一人暮らしは、とても楽しいです。』

ナカは悲しい目をした。

 

「東京って、移住者ばっかだよねぇ。」

「湘南や鎌倉もそうだぞぉ~。」

物知りそうな旅行客のカップルが話しながら、歩いて行く。

これは偶然の一致だ。

 

「あっ。」

ナカは寝過ごした。

大倉山駅に来てしまった。

降りると、馴染みの背中があった。

「コウ?」

コウタは振り向いた。

「うん。」

「偶然だね。」

「うん。」

「どうしたの?一人でさ‥。」

「やっぱ‥広野さんが中絶したの、本当だった。」

「え‥。」

「やっぱ、辛いわ、それって。」

「だからって、別れるの?」

「いや、別れてないけど、その話聞かされて、俺の方から、時間下さいって言った。」

「そっか。」

 

 

その頃、ピュアラルアントでのパーティーには、手山に呼ばれた宮里さんが到着していた。

「あ、宮里さん!着替えたの?さっきの服でも、よかったのに。」

「はい、せっかくの機会なので‥。」

 

「愛子ちゃん?」

「マキノ君。」

「どうして?」

「手山さんに呼ばれたの。手山さんに、歌を歌ってもらえることになって。」

「へぇー、よかったね。‥それにしても、今日は、綺麗にしてるんだね。」

「え‥。ありがとう‥。」

 

「マキノさんじゃん。」

タケイとハナが来た。

「おお。」

「彼女ですか?」

「ちがうよ。知り合いの、宮里さん。」

 

シャンパンが開けられたようだ。

タケイとハナは、そちらに行ってしまった。

 

宮里さんとマキノは、洗面台から見える夜景にうっとりとした。

「こういう所に住むの、憧れる。」

「今、どこに住んでるの?」

「今は、武蔵小金井。」

「ふーん‥。そうだ、連絡先交換しない?Facebookしか、知らないから。」

「うん‥。」

マキノは、宮里さんを好きになりかけていた。

手山も、マキノと宮里さんを影から見ていた。手山は、おバカな宮里さんを心配していたのだ。

 

リビングでは、歓声があがっている。

「戻ろうか。」

マキノが言った。

リビングに戻ってきたマキノと宮里さんを見て、一人の男が息を飲んだ。

モデルのトシヤである。

宮里さんに一目惚れしたのだ。

 

 

岩崎は、家に帰った。

チャイムを鳴らす。

「はーい。」

女の子2人が出迎え、後ろには、男が一人いる。

「誰?」

岩崎は聞いた。

 

「ああ‥知り合いの人。」

「ふーん。」

岩崎は、静かに上がった。

 

「あのさ‥。」

家の中は、服や、お菓子が散乱している。

「え‥。」

「これ。」

岩崎は、札束を取り出した。

 

「この金やるから、出て行ってほしい。」

 

 

夢を見た。

そこは教会の病院だ。

SNダンコーミュージックのアーティストが、シスターの服を着て、病人を看病している。

岩崎は立ち尽くした。

 

「別れてください!お互いの未来のために。」

岩崎は、女の子2人に頭を下げた。

 

 

「1回?2回?子供ができるってさ‥。」

コウタは、赤い顔で聞いた。

「もう、付き合えないかもしれない。」

 

コウタは電車に乗り、家がある祐天寺に向かった。

自分の言ったことを考え、反省した。

電車の中には、黒髪と茶髪の女性が乗っている。

コウタは忘れているが、前にクラブで会ったギャル2人が、改心したのだ。

2人は地元に戻り、働いていた。

どうやら、今日は、東京に遊びに来たらしい。

 

祐天寺につくと、コウタは降りた。

 

 

「ただいま。」

醗は家に帰った。

高層マンションだが、中間より下に住んでいる。

火事が起きた時、逃げ遅れたら怖いからだ。

 

そのマンションには、子供が住んでいる。

醗は、世界で一番欲しい物が子供なので、何より子供が苦手だった。

でも仕方ない。たった1人か2人。多くても8人くらいだ。多分‥。

 

「おや、また?」

どうやら、ファンの女の子達が、勝手に部屋に入ったらしい。

 

前に、洗面台から女の子が出てきた時は、びっくりした。

「ダメだよ、勝手に入っちゃ。」

それで終わり。醗はそういう男だった。

優れた音楽家として、恋が出来ないことは、辛い事でもあったが、楽しい事でもあった。

仲間がいる。女の子に優しくできる。

それが、楽しさの理由だ。

 

宮里さんや、岩崎の下にいた女の子2人は、しつこく醗にまとわりついた。

岩崎は、バカみたいに髪を金髪に染め、バンド雑誌に出ている。

 

醗は、差を見せつけるため、より大きく、派手なライブを成功させたり、テレビに出たりした。

バンドメンバーのバンビ、利夫、染ちゃんは、言いなりだ。

3人とも、バンドを辞めることも出来るが、なぜ辞めないのかが分からない。

恋はしたいが、出来ない。はっきりとした理由はないが、多分、自分達はそういう人間なのだ。

歓声を浴びることが、大好きな人間。

 

なにより、それが、感動する。

 

 

ある日、醗が会社にいくと、みんなが白々しい態度をした。

ホステス風の従業員達も、ノーマルな従業員達も、醗と目を合わせない。

「どうしたんですか?」

醗は、古井さんに聞いた。

「自殺したらしいよ。宮里さんと岩崎が。」

「嘘でしょ。」

 

「自殺って本当ですか?」

会議室では、琉千家と、太った女性であるシオンニシザワが話していた。

 

「そうよ、ちょうど、あなたにお話があったの。」

 

「実は、宮里さんと岩崎は、遺書に、醗さんのことを書いていたんですよ。」

「え、嘘でしょ?」

「本当よ。これから、社長の私と副社長の琉千家君、それから、専務の中司さんと、記者会見を開くの。」

 

 

「申し訳、ございませんでした。」

琉千家が言い、シオンと中司さんは頭を下げた。

「誰か、自殺の引き金になったアーティストがいるんですか?」

記者が質問し、3人は目配せをした。

「私達としては、認識しておりません。」

その後は、2,3質問をされ、記者は騒いでいたが、3人は会場を後にした。

 

「大丈夫でしたか?」

「うん。この後は、意見者達との話し合いなの。」

うるさい人達だけどね。シオンはつぶやいた。

 

意見者達は、本当にうるさかった。

シオンは政治家になるつもりはないので、議会のような空気にとまどったが、琉千家と中司さんが、まるで議長のように、流暢に回答をした。

 

会社から出た醗は、タクシーに乗り込んだ。

収録に向かうためだ。

 

楽屋に入ると、女性が寝ていた。

「ちょっと出てよぉ。俺の楽屋だぞ。」

女性はだるそうに出て行く。

 

まだ誰も来ていない。

醗はギターを弾いたりして、待った。

利夫が来た。

利夫は何も言わず、ミラーの前に座ると、スマホを取り出した。

「ホントに利って、自分の顔がスキだよな。」

「うん、そうだよー。」

利夫は気にしない感じで、スマホを見ている。

 

「ういー。」

染ちゃんだ。

「お疲れ。」

利夫が言った。

 

染ちゃんはおならをした。

「失礼。」

「いいよ。」

染ちゃんも鏡の前に座っている。

醗は座敷にすわり、スマホを見ている2人を見た。

バンビが入ってきた。

「聞いたよ。宮里さんと岩崎が自殺したんだってね。はっちゃんのせいで。」

「いや、俺のせいじゃないと思うよ。」

醗は背筋を伸ばした。

 

「いや、そうだよ。」

バンビは、ナイフを取り出した。

 

「やめろ!」

醗は大きな声を出して、利夫の近くに移動した。

「俺の人生、ぶち壊して、他の人の人生まで、壊すのかよ!!」

「ちがうって。」

利夫と染ちゃんは、無表情で見ている。

 

グサッ

醗は刺された。

 

ハッ。

「夢か。」

目覚まし時計を見ると、まだ、朝の5時である。

醗は窓を開ける。

東京の景色がスキだった。

何も見えない。雑踏だけだ。

そこが東京の魅力である。

「みんなそうだろうな。」

醗は言った。

醗も東京で、6畳の部屋に暮らしたことがあるが、不安で怯えていたことを思い出した。

「はあ~。」

ベランダに出ると、隣からあくび声が聞こえてきた。

「もっと東京の人口、少なくしていいよね。」

染ちゃんの声だ。

 

『昨日の不思議発見みた?』

バンビからのラインである。

『見てない、ごめん。』

醗はラインを返す。

『俺、見た。』

利夫からの返信だ。

利夫は下の階に住んでいるが、バンビは、別のマンションに住んでいるので、時々不安になる。

 

 

『今日、授業出る?』

ナカは、ジンにラインした。

『ごめん、収録がある。』

『了解。』

 

大学には、森山さんもいないようだ。

 

 

今日は、太った女性シオンニシザワの提案で、バンドの男みんなでシスターの格好をし、Hail Holy Queenを歌うことになっていた。

「醗さん、やることにしたんですか?」

古井さんがかけてきた。

「はい。」

 

「はっちゃん、早く着替えてよ。」

シスターの格好をした染ちゃんが言った。

 

ジンは収録に向かう途中で、森山さんと彼氏に出くわしてしまい、とぼとぼ歩いた。

どうやら彼氏は年上で、弁護士のようだ。

 

「ジン?」

「カナ。彼氏?」

「うん。」

「そっか、じゃあね。」

ジンは無理して笑った。

 

 

ハナが取引先の人に送ってもらい、車から降りた時、岩崎が歩いてきた。

まっすぐ前を見ている。

ハナは岩崎と面識がないが、雑誌に出ている人なので知っていた。

ハナは岩崎を見て、一瞬真顔になったが、すぐに愛想笑いを取り戻した。

 

タケイはカフェで、接待をしていた。

明代さんが一人で来ている。

お互い恋愛対象ではないが、明代さんは人としてタケイをスキだったし、タケイは明代さんを心配していた。

 

 

宮里さんは部屋で、元気をなくしていた。

テレビをつけると、バレーの試合がやっている。

ニューヨークリーグだ。

 

宮里さんは、切なそうにバレーの試合を見た。

山地選手という男が、活躍している。

部屋中に貼ってある、スポーツ選手のポスターを見る。

「いらない。」

宮里さんは、強引ポスターをはがして、破いていった。

有名なバレー選手のポスターをはがす。

下には、山地選手と宮里さんの、ツーショット写真が貼ってあった。

2人は同級生だったのだ。

 

宮里さんは、スマホを開き、山地選手のアドレスを見た。

「全然、メールこない。」

 

「ダメだ、もう‥。」

宮里さんは部屋を出た。

近くのビルにかけあがっていく。

 

 

宮里さんのアパートの部屋は思い出した。

山地選手からしてみれば、無視しているのは、宮里さんの方だった。

山地選手はもしものことを期待して、宮里さんのアパートに行った。

宮里さんはいなかったので、手紙と宮里さんの好きな食べ物である、苺を置いて帰った。

 

しかし、手紙と苺は、非常識な隣人に食べられてしまった。

 

 

宮里さんは何も知らない。

宮里さんは4階の階段から、景色を眺めた。

 

「ここであってるの?」

「ここらへんってことは確か‥。」

「他人の住所を教えるなんて、マキノのヤツも、どうかしてるよなぁ‥。」

上から、話声が聞こえてくる。

仁木、トシヤ、イロウである。

 

「あっ‥。」

トシヤが、宮里さんに気づいた。

 

「ええっ、何してるんですか?」

何も知らない仁木が、宮里さんに聞いた。

「いえ‥。」

 

「ちょっと‥。」

トシヤが仁木を小突いた。

「あの人?」

「ちがうって!バカだな。」

「マジ?」

「ちがう!マジきもいじゃん。」

モデル達は降りて行った。

トシヤの好きな人は宮里さんだったが、恥ずかしいので、トシヤは否定した。

 

「あ、マキノさん。」

仁木がマキノに声をかけた。

マキノも、宮里さんに会いに来たのだ。

「うん。」

マキノは階段を駆け上がった。

 

「愛子ちゃん、どうしたの?」

「いえ、なんでもない。」

「心配だったからさ。」

 

宮里さんは、マキノと一緒に階段を降りた。

 

 

「もしもし。今、どこ?」

コウタは、広野さんに電話をした。

「大阪で研修中?分かった‥。」

 

コウタは、夜行バスで大阪に向かった。

 

「あ~、眠れなかった。」

コウタはバスから降り、首を動かした。

 

「よし。」

コウタは、広野さんが研修している新大阪のイオンまで、行くことにした。

 

総菜屋で働く丈也(ひろや)は、シャッターを上げていた。

「今日も開店。あのおばちゃんが来ませんように。あのおじちゃんが来ませんように。今日もあの子が‥。」

「何、ぶつくさ言ってるんですか?」

自転車の男が話しかける。元野球選手だが、静かに舞台から消えた男だ。

「いいじゃないですか。開店前のルーティンですよ。三軍落ちの君には、ルーティンがないのですか?」

「いや‥一人で話していたら、おかしいでしょう。」

「元巨人の君には分からないでしょうが、大阪人にとっては、一人で話すなんて、普通なんやで。」

元巨人の恭(やすし)は、あっけにとられて、黙った。

 

「ほな、もう行ってください。こっちは、仕事が始まりますから。」

 

 

コウタは、影から、イオンで働く広野さんを見守った。

広野さんは、イオンで、イオンの服を売る係だ。

時々、男の客が来たので、コウタは心配になったが、胸を抑えてこらえた。

 

 

丈也は、にっこりとして店に立ち、通行人に挨拶をした。

暗い顔をした女の子が2人来る。

 

「どうしたんや。えらい暗い顔して。」

「え‥。」

「あんたら、大阪の子か?」

「はい。地元は吹田です。」

「そう。あんまり見ない顔やからさ。」

「今まで、東京にいて。」

「ああ、そっか。」

丈也は赤くなった。

リナが言った。

「あの、野菜コロッケ3つ。」

「野菜コロッケ?」

 

「はい。500円ね。」

「え‥。」

野菜コロッケは1つ80円だ。

「うそ。240円。」

 

美木とリナは、今までことを忘れて、少し笑った。

仕事を終えた恭が自転車で来て、美木の頭をポンと叩く。

 

2人の女の子は、大阪で、優しい恋人を見つけそうだ。

 

コウタはまた夜行バスで帰る。

バスの中から、広野さんに手を振った。

 

 

「違うっ!!」

シスターの格好をして、バンドの男たちの合唱に指揮していた太った女性、シオンニシザワが言った。

「あの、何が違うんですか?」

ティーボスが声をかける。

 

「あなた達が今まで経験した、全ての悲しみを思い出しなさい。今まで人の命をどう思ってきたか。あなた達が、今まで何人の命を奪ってきたか。」

 

「僕達、誰の命も奪っていません。」

トナが言うが、シオンは首をふった。

 

「現実はこんなもんじゃないでしょう。」

シオンは出て行ってしまった。

 

「俺達、命を守ってきたじゃん。命のために、歌ってきた。」

バンビが言った。

 

「もう一回歌おうぜ。」

醗が言い、岩崎も深く息を吸った。

 

 

タケイは、喫煙コーナーの中にいた。

「よ。」

ハナが入ってきた。

「タケイって、タバコ吸ってたんだ。」

「うん。」

 

 

「明代さん!」

明代さんは振り返った。

 

「やっぱり明代さんでしたか。」

「うん、近くの歯医者に来てて。」

「よければ、お茶しませんか?」

 

ナカと明代さんは、カフェで和やかな時間を過ごした。

 

 

―12月。

東京の街はクリスマスムードだ。

外国風のコンビニで働く、臨家征帆(りんけゆきほ)は、30才。

いろいろなことがあって、福井から東京に来ている。

征帆は、独身だ。本当にいろいろなことがあった。

婚約者が、ガンで亡くなったのだ。

 

時給のいい所を探して、たどり着いたのが、この店だ。

一ヶ月の給料は16万くらい。

東京で暮らすには安いが、仕方ないし、亡くなった婚約者からは、1000万ももらっている。

 

ドアが開いた。

「いらっしゃいませ。」

征帆は眼鏡をかけており、髪は黒くて長い。

ドアが開くたび、婚約者だった礼緒(れお)を期待してしまう。

入ってきたのはどうでもいい、黒木刑事だ。

 

インドネシアからの研修生、エビトー君は、心配そうに征帆を見る。

「あの‥征帆さんには、彼氏いるのですか?」

「ううん、いないよ。」

「そうだすか、僕はいます。インドネシアに会いに行く。」

「ああ、そう。」

 

本当は、エビトー君に恋人はいない。

 

「いらっしゃいませ。」

「あの、このワイン、包んでくれる?」

「はい、かしこまりました。包装紙は、どちらになさいますか?」

征帆は少し元気になった。

相手は官房長官だ。

きっと、孝太郎さんへの、プレゼントである。

 

征帆には、漫画家の才能がある。

それゆえに、大人にしては、いたずらがすぎる時があった。

 

『すきです。がんばってください。』

征帆はメモを書き、箱に入れた。

 

 

 

官房長官と、孝太郎が並んで、歩いている。

「クリスマス前の東京はいいね。」

「はい、少し、明るすぎるくらいです。」

 

前から、別の初老の男が2人歩いてくる。

東京の老舗料亭の前だ。

今日は、政治家達の食事会のようだ。

 

「そうだ、これ。孝太郎君に。首相、当選おめでとうございます」

「ええっ、ありがとうございます。」

「辛口にしておいたからね。飲みすぎないように。」

 

 

「独り身だから、スキーなんて全然行かれないよ。」

アラフォーらしき女性が、赤ちゃん連れの女性にぼやいている。

赤ちゃん連れの女性は、ミチコだった。

 

隣の席で、1人でコーヒーを飲んでいた宮里さんは、それを聞いて、少し顔をしかめた。

 

「このツアー、予約したいのですが。」

ツアーズのカウンターに、宮里さんは来た。

「あの‥これ、2名からなんです。」

「ああ、そうですか。」

宮里さんは、息をついた。

パンフを握り、駅のベンチに座る。

 

「遊びのことで落ち込むのと、仕事のことで落ち込むのと、どっちが大変だと思う?」

「え‥。」

宮里さんが横を見ると、そこには山地選手が座っていた。

「俺は、出来る仕事が、バレーしかなかったから。」

 

 

カナは、TSUTAYAにいた。

ジンのCDを手に取って、ながめる。

 

「ハワイ、行く?」

弁護士の彼氏が、ハワイアンミュージックのCDを手に取って聞いた。

「でも、お金が。」

「大丈夫。」

彼氏は、弁護士の証明書を見せた。

 

 

「このカフェ、どれ食べてもうまいよな。」

ハナは、ハワイ風ホットケーキを食べながら言った。

タケイも椅子に座っている。

「うん。俺がメニュー考えてるんだよ。」

「嘘でしょ?」

「本当だって。」

タケイは、メニューを見せながら、ハナと話している。

 

 

コウタは珍しいことに、一人で、カフェでご飯を食べていた。

「お、読モじゃん。」

若いモデルが近づいてくる。

「また、出るんだろ?つか、カッコイイから、本職にしたら?」

「いや‥自分、就職、決まってるんで。」

「そっか。残念だな。」

 

マキノは宮里さんにフラれ、音楽の勉強を始めた。

ギターを軽くならしてみる。

 

「宅配便でーす。」

「あっ。」

届いたものは、アフリカの太鼓だ。

 

「岩手に、会いに行ってもいいですか?」

ホームで、ナカは明代さんに聞いた。

「うん。来る時は、連絡して。」

「分かりました。」

 

「征帆さん!」

エビトー君が、新幹線で帰省する征帆を呼び止めた。

「エビトー君。でも私、また戻るよ。」

「分かってます。でも、これ。クリスマスプレゼントです。」

それは、漫画用の画材だった。

 

 

マキノは部屋で太鼓をたたく。

「太く、古い楽器、それが太鼓だ。」

「字が、違くね?」

部屋を遊びに来ているイロウは、腕組みをしながら言った。

 

うるさいぞ!

隣人たちの声が聞こえる。

 

「うるさいってよ。」

イロウは言ったが、マキノは目を閉じて、集中した。

 

シスターの格好をしたバンドマン達も、目を閉じ、祈っている。

 

明代さんは、新幹線に乗り、窓の外を見ていた。

スマホから、圭の連絡先を削除した。

 

バンドマン達は、歌い始めた。

これがハッピーエンドである。

 

 

【Aloha'Oe】

【Ke Kali Nei Au】

shino nishikawa

 

 

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

最新記事

December 7, 2019

November 30, 2019

November 29, 2019

November 29, 2019

November 25, 2019

Please reload

アーカイブ
Please reload

タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

© 2023 by EMILIA COLE. Proudly created with Wix.com