Tokyo young story3

September 20, 2018

Tokyo young story3

「高野君、君が死んだら、君の物語を描くよ。僕は。」

「何をおっしゃるんですか。本当は、自分の物語を描いてもらいたいくせに。」

「そう。僕は、君に描いてもらいたい。生きて、描いてくれないか?」

「できませんよ。もう体中、病魔に侵されている。僕はもうすぐ、死ぬと思います。」

 

宮高鷹雄監督は、病院の大きな窓から緑を見た。

宮高監督は、有名なアニメーターだ。

 

 

「あははははは!!」

21歳の鷹雄だ。手にはビールを持ち、大きな口で笑っている。

隣には、鈴山秀がいる。秀がふざけているのだ。

笑い声は止まらない。

 

「うひー!‥あ。」

 

「なんで笑わないんですか?こんなに面白いのに。」

鷹雄は仲間達に聞いた。

「まだ戦後って感じがするんだ。日本は暗い。」

仲間の慧(とし)が言った。

「そうか‥。でも、僕らが笑って、明るくしないといけないんじゃないか?」

「じゃ、君は何をするつもりだい?」

「う~ん‥。スポーツ選手。」

 

「できるわけないだろう!!鷹雄君が、スポーツだなんて!」

秀は言い、笑いだした。

「一体なんのスポーツをするの?」

「う~ん‥体操かな。」

「できるのかい?あんなにクルクル回るなんて。」

「出来ない。出来ないから、やるんだよ。」

 

その仲間達で、ひと通りのスポーツを経験することにした。

「まずゴルフかな。」

「ゴルフなんて、簡単さ。」

 

「ほら。」

秀がやってみせ、みんな拍手をした。

 

 

「ボーリングって、競技なの?」

「さああ。」

あまりしゃべらない、優斗が、ストライクを決めた。

「おー、ナイスー。」

 

 

「とりあえず、パラグライダーか。」

その頃は、かなり規定がゆるく、慧と優斗、秀と鷹雄で乗ることになった。

 

「鷹雄ー!しっかりつかまってろよー!」

 

「うわああああ!」

2人は空を飛び立った。

 

「おーい!」

慧と優斗も、手を振り返した。

 

「綺麗だな‥。」

空を飛び続けた。

長い時間のように感じたが、15分くらいのフライトだった。

 

ドスッ

「うわあああ。」

着地は、2人とも、恋人同士のように着地した。

 

 

「風だ‥。」

すがすがしい風が吹いた。

4人の髪の毛はゆれ、優斗は切なそうに、景色を見た。

 

「どうした、慧。」

「一郎(高野)君がいないから、きっとさみしいんだよ。」

秀が言った。

「ふん‥。」

 

 

秀と鷹雄の出会いはこうだ。

ダダダダダ

「わぁ!」

アパートの階段から、男が全力で降りてきたので、鷹雄はぶつかってしまった。

「いたぁ‥。」

鷹雄は、大学で難しい授業をうけたばかりだった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です、けど‥。いたぁ‥。」

 

男は郵便配達員のようだ。

急ぐように、行ってしまった。

 

鷹雄は経済学部だ。

「こんなもの、分かるわけない。やっぱり、医学科をうけるべきだった。

英字ばかりで分からない。」

鷹雄は、ちゃぶ台に向かいながら、ぶつぶつとぼやいた。

 

「はあ!」

気づくと、鷹雄は夢の中にいて、ノートいっぱいにデッサンをしていた。

 

「こんなことしている場合じゃないのに。なんてことだ‥、親のお金がもったいない。はああ。優斗のように、母子家庭と嘘をついて、奨学金をもらうべきだった。」

 

コンコン

「ん?」

 

「女の子かな‥。」

はあ。鷹雄は鏡で髪の毛を整えた。

 

コンコン

「はいはい、ちょっと待ってくださいよ。」

鷹雄はうがいをした。

 

「はいはい、なんでしょう。」

鷹雄はちょっとだけドアを開けて、外を見た。

そこに立っていたのは、一郎だ。

 

「鷹雄君、遅くにごめんね。」

「ああなんだ、一郎君か。どうしたんだい?」

「いや、今日、大学を休んでしまってね。ノートを見せてもらえないか?」

「ああ、そういうことなら。ちょっと待って、今持ってくる。」

「というか、少し、入れてもらえませんか?君の部屋に。」

「え‥。」

 

一郎はずうずうしく、部屋に上がり込んだ。

一郎はノートを見て言った。

「わああ、なんだい、これは。」

「今、僕が描いていたんだ。」

「これが今日の授業ってわけじゃないね。」

 

一郎は、部屋を見まわした。

「君さ、ドアを開けてくれるまでに、時間がかかったけど、まさか何かを隠しているのかい?」

「違うさ。いやちょっと、女の子が来たのかなと思っただけだよ。」

「えええ?君の部屋に、女子が来るのかい?」

 

「はああ。」

一郎はノートの前に座りこんだ。

「今、緑茶を淹れてあげよう。」

 

「難しい勉強だね、これは。」

「だけど‥経済経済と言われてきてるでしょう、僕達の世代はさ。」

「ふん‥。今になって思うんですが、僕は、獣医になればよかった。」

「動物を治してどうするんだい。」

「そうしたら、女子にモテるでしょう?」

「女子って、いくつの子の事を言っているつもりなんだい?」

「幅広い世代ですよ、僕らが相手にするのは。」

 

「それで、どんな子なんです?君の彼女は。」

「彼女ってほどのもんじゃないよぉ。」

鷹雄は赤面した。

光子は、本当に彼女じゃない。

 

「びっくりした。鷹ちゃんが、大学に行っちゃうんだもの。」

お洒落なカフェで、飲み物を飲みながら、幼馴染の光子が言った。

光子の前にはオレンジジュース、鷹雄の前にはコーヒーがある。

「僕だって、大学くらい行くよ。」

「そう、なんの勉強をするの?」

「経済だよ。経営学とか、そういうこと。」

「経営?」

「実際、経営なんか、するわけないさ。」

鷹雄は鼻をかいた。

光子の実家は、工務店だ。

 

「だけど、光子ちゃん。八百屋さんで働いてるけどさ、将来もずっと続けるつもり?」

「八百屋だけじゃない。魚屋でも働いてるし、酒屋でも働いてる。」

「おやっ。酒屋も始めたのかい?」

「酒屋は月の15日だけ。魚屋は、水曜日と、金曜日の6時からなの。」

「ああ、そうかい。」

 

「あのさ、光子ちゃん。将来の夢はあるの?」

「あるよ、私、いつか女優になりたいの。」

「女優?」

「そう。あのね、実をいうと、私って、人から好かれているみたいなの。特に、男の人から‥。」

光子は、オレンジジュースを飲んだ。

 

「光子ちゃん、男の人とばかり、仲良くしちゃだめだよ。戦争に行ってきた人もいるしさ、何をしてきたか、分からないからね。」

 

 

「お会計ね、お母さんが、お金くれた。」

「え‥、お金くれたって‥、光子ちゃん、もう働いてるんでしょう?」

「だって、鷹ちゃんが働いてないからって‥。」

「俺のことは、心配しなくて大丈夫だから。」

「わかった‥。」

 

大学の帰り道、光子の働く八百屋をのぞくと、光子は、若い男性客の相手ばかりをしていた。

『え‥?ここらは、主婦は住んでいないのかい。』

 

「こんにちはぁ~。」

『やっと、主婦が来た。』

 

光子は愛想よく応対をしている。

ふと、別方向を見ると、車の影から、白人が光子を見ていた。

 

鷹雄は顔をしかめた。

 

 

大学で、女学生3名が、鷹雄に話しかけた。

「鷹雄さん、今度一緒に、新しくできたケーキ屋に行かない?」

「ケーキ屋?どこだい、それは。」

「あのね‥三文町の所に、4月にオープンしたのよ。」

 

『ああ‥あのカフェなら、光子に誘われてもう行った‥。』

鷹雄は考えた。

でもそのカフェに行くには、光子の八百屋の前を通る必要がある。

 

「ねぇ、いい?慧男君も一緒よ。」

「慧男?‥慧男君て、慧だろ?」

「そう。ねぇ、慧ちゃん来てぇ。」

慧が、女学生に腕を持たれ、連れて来られた。

 

「慧ちゃんも、ケーキ屋に行くでしょ?」

「うん。まぁ、鷹雄君が行くなら。」

 

「みんなで行きたいぃ。」

「ね、鷹雄君、ケーキ屋行こうぜ。」

「いいよ。」

 

トイレで、鷹雄、慧、優斗は話した。

優斗は言った。

「俺は誘わないの?」

「そうしたらサンサンじゃん。俺、そういうのダメだから。」

慧は言った。

 

「ああ‥、女子の方が多くなきゃ、ダメみたいな感じ?」

「そうだねぇ‥。」

優斗と慧は話している。

 

「ケーキ屋、うまいかな?」

トイレから出ると、慧が聞いた。

「え‥。うん、うまいよ、あそこ。」

ぼーっとしていたが、鷹雄が答えた。

 

「え、行ったことあるの?」

「うん、友達とね。」

「友達?鷹雄君に、友達がいたんだねぇ。」

優斗が覗きこんだ。

 

「まぁ、その子は女だけどね。」

「女ッ?‥どこ大の子だい?‥おな大かい?」

「いやいや。その子はね、まだかなり小さい子なんだ。」

 

「はあ‥。」

「そうなんだねぇ。」

慧と優斗は、あまり理解できていないようだ。

 

カフェに行く日が来た。

「じゃあね、バイバーイ。」

優斗は5人に手を振った。

「あれ、優ちゃん来ないの?」

女子が聞いた。

「うん‥あいつは、道頓堀に行くとかで‥。」

「道頓堀?どこ、それ。」

「どこかは、俺も知らない。」

慧が答えた。

鷹雄は猛烈に緊張していた。

好きな人を傷つけるというのはこういう事だ。

もっぱら、後で酷い事になるが、鷹雄はまだそういうのは、あまり知らない。

 

『鷹雄君て、キスうまくない?』

「えっ?」

「鷹雄君て、絵すごいうまくない?」

「ああ‥。」

「鷹雄君、絵、上手だよねぇ。美術やってたの?」

「いや、やってないよ。でもね、昔から好きで描いてるんだ。」

「ふーん。」

 

女子3人は、慧を囲んで歩いていく。

ついに、光子の八百屋の近くに来た。

 

光子はその日、大根を客の足の上に落としてしまい、怒られて落ち込んでいた。

普段の光子は可愛いが、働いている光子は、かっこいい。

正直いうと、鷹雄は、光子に惚れていた。

 

女子3人は、あいかわらず、慧を囲んでいる。

『よし。』

鷹雄は、小さくガッツポーズをした。

 

ちょうど、光子がこちらを見た。

「ねぇ、鷹雄君てさぁ、好きな人いる?」

女子の一人が聞いた。

「え‥いや‥。」

 

女子達は、慧から、男性に関わる恋のアレコレを聞いていたのだ。

 

女子の一人が、鷹雄を覗き込んだので、光子は凍り付いた。

 

 

鷹雄は、青ざめた光子の顔を見た。

鷹雄は、ここがどこなのか分からなくなってしまった。

 

カフェでは、全員ケーキセットを注文したのに、鷹雄だけは、オレンジジュースを頼んでしまった。

「あれ‥。ケーキ、食べなくていいの?」

「ごめん、俺、腹が痛いんだ。」

 

 

「わあああ!」

女子達が歓声をあげた。

鷹雄が、それぞれの似顔絵を描いてくれたのだ。

「ありがとう、鷹雄君。」

 

大学の昼休み、女子3人が慧に話しかけた。

「ねぇ、私達ね、あの後、好きな人に告白したの。」

「どうだった?」

慧は、目を輝かせて聞いた。

「アミはね、もう付き合うことになったんだけど、私達2人は、友達から始めるってことになった。」

「ああ、そう。よかったね。」

「慧ちゃん、いろいろ教えてくれてありがとね。」

「いや、いいって。お幸せに。」

女子達は楽しそうに、慧はチャーミングな感じで、女子に手を振った。

 

 

ガタッ

「わああ。」

ノートを写していた一郎は、驚いた。

「ごめん、寝てしまっていた。」

「いやいや。こちらこそ、ノート写しが遅くて‥。」

 

次の日の朝、鷹雄がゴミを出そうと外に出ると、昨日の夕方にぶつかった男が、アパートの入口に座っていた。

文庫本を読んでいる。

「あ‥。」

男は鷹雄に気づいた。

 

「お、おはようございます。」

鷹雄は頭を下げた。

「おはようございます。昨日、ぶつかったの、大丈夫でしたか?」

男は聞いた。

 

「はい‥。なんともない。」

「よかったぁ‥。」

男はお洒落な感じだ。ヘアバンドをつけている。

 

「すごい心配してたんですよ。」

男は言った。

「俺、鈴山秀っていいます。」

「宮高鷹雄です。」

2人は握手を交わした。

 

カラカラン

一郎だ。

「おや‥早いんだね。」

「ああ、ゴミ出しがあって。」

「ゴミか。忘れていた。でも、もう、大学に行かないと‥。」

 

「何か‥。」

「いや、教室の隅に本棚があるだろう?あそこに、昨日の授業の内容が載っている気がするんだ。」

「ああ‥。」

「運がよければ、教授に会えるかもしれないし。」

 

「おはようございます。」

一郎は秀に頭を下げた。

「どうも。」

 

秀は聞いた。

「大学生ですか?」

「はい。学習院です。」

「ああ。俺は、働いています。」

「じゃ、大学には‥。」

「行っていません。」

「そう‥。」

 

 

待ち合わせ場所は、東京駅だ。

ゼミの関係で、丸の内にある会社や、丸の内の歴史について調べることになっていた。

大学に行っていない秀も誘う事にした。

秀には品があり、お洒落だ。

きっと才能があるから、大学に行った方がいいと思ったのだ。

先に到着した優斗と鷹雄、一郎が、秀を取り囲んで話している。

「えー、マジで大学に行ってないの?」

「うん。郵便配達をして、働いてる。夜には、酒屋にも行くし。」

「そっか。それで、給料はいくらだい?」

「16万。」

「へー、結構いいんだ。」

 

 

「ごめん、遅くなった。」

慧が到着した。

「慧。鈴山秀さんだよ。大学には行っていないけど、休みだというもんでね。誘ったんだ。一緒にいいよな?」

「よろしく。」

慧は息をはあはあさせながら、秀と握手をした。

 

 

「丸の内の歴史‥。」

優斗がゼミで習ったことを読み上げた。

秀が聞いた。

「大学で、そんなもんやってんすか?」

「え‥。」

鷹雄達は凍り付いた。

 

鷹雄的には、大学に行っていない秀に気をつかったつもりだった。

「そんなもんやるんですか?」

「いや、普段はね、○○〇とか、そういうものを習ってるんだけど、就活に向けて、調べないといけないんだ。」

一郎達も顔見合わせ、うなずいた。

「俺なんか、もっと知ってますよ。」

秀は、丸の内のビルや、土地にまつわるウンチクを語りだした。

「え‥。」

 

「すごい、どうしてそんな事、知ってるの。」

優斗はメモをした。

 

4人は、秀のウンチクを聞いてまわり、浅草にたどり着いた。

「ねえ、東京に来て、何年ですか?」

慧が聞いた。

「3年.」

「ええ~!!」

「3年で、そんなに分かるんですね。」

「うん。」

 

「そういや、金、大丈夫?」

秀は聞き、

「大丈夫ですよ。」

鷹雄は速攻で答えた。

 

「ふーん。」

 

「そういえば、鷹雄君、彼女とはどうなんですか?」

一郎がタイミング悪く聞いた。

 

「彼女?嘘でしょ!」

「鷹雄君、変態なんですか!」

慧と優斗が言った。

 

「俺、飴買ってくる。」

秀が言って、店に行ってしまった。

「うん。」

 

「彼女のこと、詳しく教えてくれよ!」

「そうだよ、この人達に教えてやって。愛について‥。」

「いやいや、愛だなんて。そこまでの物じゃないよ。」

 

「へへ。」

飴を買ってきた秀が包み紙を取ると、赤と白のうずの巻いたペロペロキャンディーだった。

「普段、そんなもん食ってるんですか?」

慧が聞いた。

「うん。」

秀は、キャンディーをペロペロなめだした。

 

「それでさ、鷹雄君、彼女とはどこまですすんでるの?」

「すすんでるも何も。まだ、手もつないでないんですから。」

「ふーん。」

秀はキャンディーをペロペロなめているので、4人は顔をしかめた。

こういうタイプの男は、大学にはいない。

学習院の男は、とても品がいい。

 

「んー、な。」

秀は、キャンディーをなめ続けている。

4人は、ジロジロ見た。

 

「飴がほしいなら、買ってくれば?俺は嫌だよ、男と、同じ飴をなめるなんて。」

「いや‥。」

慧は少し欲しかったので、腹をさすったが、他の3人は目を落とした。

 

 

「ひとつ100円。」

「うーん。」

鷹雄はため息をついた。

 

「本当に大学行かなくていいの?」

優斗が聞いた。

「いい。俺、大学でやりたい事ない。」

「だけど‥今はよくても、将来、まわりと差がついてしまうかもしれない。」

一郎が言った。

 

「経済に興味がないんだよ。」

「じゃあ、何に興味があるんだい?経済が、社会の基本じゃないか。」

一郎が言うと、秀は答えた。

 

「美術。」

「え‥。」

4人は顔をしかめた。

正直言うと、4人の一番得意な事だったのだ。

 

でも‥、慧と優斗は、それほどでもない。

「じゃ、美大を目指したら?」

「うーん‥まぁ‥。学費を払うほどの金はない。」

「ああ‥。」

「俺、奨学金だよ。」

優斗は自分を指した。

 

「うーん‥。」

秀は少し迷っているようだ。

 

鷹雄と一郎は、冷や汗をかいてしまっていた。

「秀君、でもさぁ、念のため、大学を見に来てみればどうかな?」

一郎が口を開いた。

 

「そうだよ。見にくれば、大学の良さが、分かるかもしれない。」

鷹雄も言った。

「でも‥生徒じゃない俺が行っていいの?」

「いいさ。‥ねぇ。近藤君とか、いつも部外者連れてきてるよねぇ?」

鷹雄が聞くと、慧と優斗は、うなずいた。

 

 

学習院。

「はああ。君達は、またそのお酒を飲んだのかい?」

近藤君久(きみひさ)は、前髪をはらいながら、聞いた。

「ええ、そうよ。また、あのクラブに行っちゃったの。」

「ダメじゃないか。またヤクザに会ってしまったらどうするんだい?」

「ええ。また会ってしまったら、大変だわ。私達、殺されるかもしれない。」

「そうさ。君達はかわいい。もっと自分のことを大事にするんだ。」

「君久君‥。」

女子2人は泣いた。

キンコーン

チャイムの音だ。

「大変だ。授業が始まってしまう。」

「そうね。私達、もう帰るわ。」

「私、授業、うけてみたい。」

「止めた方がいい。勉強をすると、顔がブスになるんだ。」

 

「ありがとう、君久君!」

君久は、教室の前で、女子2人に手を振った。

 

鷹雄達は、険しい顔で教室に入る。

後で、秀が来るのだ。

 

「秀君、場所分かるかなぁ?」

一郎が鷹雄に聞いた。

「大丈夫さ。地図を描いて、渡しておいた。」

 

慧と優斗は、心配そうな顔で2人を見ている。

美術の才能がある2人の心の中を分かっているのだ。

 

 

授業が終わると、鷹雄と一郎は、早足でカフェテリアに向かった。

「そんなに急がなくても。」

優斗が声をかけた。

「いや、急ぐよ。僕達は。」

「ちょっと待って。」

 

「はあ‥。」

カフェテリアに着くと、テーブルで、紙に何か書いている秀がおり、まわりに大学生が集まってきていた。

 

「秀っ。」

鷹雄と一郎が、急いで、秀の下に行くと、秀は龍の絵を描いていた。

「はああ。」

鷹雄と一郎は息をのんだ。

自分達が一番恐れていたことだ。

秀の方が、各段に絵がうまい。

 

「秀、もう来てたんだ。」

優斗と慧が来た。

「場所、よくわかったな。」

「うん、分かりやすかった。鷹ちゃんが、地図を描いてくれたから。」

「そっか。」

 

鷹雄と一郎は赤い顔をして、にらんでいる。

慧が聞いた。

「なんだよ、秀が来てくれて、嬉しくないのか?」

「鷹ちゃん、地図ありがとね。」

 

 

「一体なんの集まりだい?ちょっとそこどいてくれたまえ。」

近藤君の声だ。

「僕は車椅子を押しているんだぞ。」

近藤君は、今度は車椅子の男を大学に入れたようだ。

「さぁぁ、どこの席に座ろうか。」

 

「あそこ空いてる。」

車椅子の男は、窓際の席を指した。

「そうだね。あそこにしよう。」

近藤君は、車椅子の男、次亜(じあ)をそこまで運んだ。

 

 

「秀、大学の中、案内するよ。」

優斗が提案した。

みんなで、大学の中を歩きまわった。

 

「ここが体育館。」

「おー、サッカーやってる。」

慧は背が高い。

額がつきそうな、入口に手をかけ、言った。

 

「サッカーだ。」

秀は、うっとりした目で見つめた。

秀はサッカーに憧れていたが、あまりやったことはなかった。

それに気づいた鷹雄と一郎が、秀に言った。

「秀、サッカーやってみろよ!」

「少し仲間に入れてもらいなさい。」

2人はまだ嫉妬している。

 

秀は一度目で、ゴールできた。

パチパチ

「おー、うまいー。」

 

 

「ここが、テニスコート。」

 

パン

秀は、テニスも上手かった。

 

 

アハハハハ!

5人は笑いながら、大学内を歩く。

カフェテリアで、お茶を飲みながら話していた、近藤君と次亜は、ちらりと見た。

 

近藤君は次亜に聞いた。

「それで‥、うまくいきそうなのかな?君の作戦とやらは。」

「なんとか、学習院に入れてもらったからね。あとは、仲間がいれば。」

「仲間なら、僕がいるさ。心配ない。」

近藤君は言ったが、次亜はうつむいた。

 

 

別の日。教室で、一郎が、秀に聞いた。

「よかっただろう?僕達が教授にたのんだから、君は、興味のある授業をうけることが出来る。」

「まぁ、多少、金はかかるけどね。」

「そりゃ当然さ。」

 

「あー、つまんね。」

慧がつぶやいた。

「どうしたの?」

「なんでもねぇよ‥。」

 

「自分を慕っていた女子3人に彼氏ができたからって、落ち込むなよ。」

「うん‥。」

 

「ねぇ、今度さぁ、体操をやってみないか?」

一郎が提案してきた。

「ほら、君達は、パラグライダーを経験しただろう?その時、僕はいなかったのだし‥。」

「いいよ。でも、体操は、どこで経験できるんだい?」

「日体大さ。」

「そんな大それた場所で。僕達がついていけるわけがない。」

「大丈夫。」

一郎は笑った。なんと、一郎は、少しだけ、体操が得意だった。

 

アハハハ!

秀が大学に来る日は、なおさら楽しい。

5人は笑いながら、大学の廊下を歩いていく。

 

少し浮かない表情の近藤君が、次亜の車椅子を押しながら、歩いてきた。

「おや、近藤君じゃないか。最近、その若者とよく一緒にいますね。」

一郎が言った。

「斉藤次亜君。最近、学習院に編入したんだ。」

「編入を?すごいじゃないですか。」

 

「実は、次亜は、学習院で、勉強の他に、やりたい事があるんだよ‥。」

近藤君が言った。

 

 

「学祭を盛り上げる?」

5人と近藤君と次亜は、カフェテリアで話した。

「うん。学習院の学祭は、なんだか古臭い。」

「そうだな、学習院は、公家上がりの者が3割を占めている。」

鷹雄は腕を組んだ。

 

「これを見て。」

次亜はスケッチブックを出した。

「うわぁ‥絵がうまいんだねぇ。」

「絵を描くと落ち着くんだよ。絵で、学祭を盛り上げたいんだ。」

 

 

5人と次亜と近藤君は、早く授業が終わった日の放課後、近くの河原に行って、スケッチをした。

次亜には障害があり、なんとか歩くことは出来るが、走れない。

なので、次亜の絵がどんなに繊細でも、鷹雄と一郎は気にならなかった。

 

『もう少し躍動感を‥。』

鷹雄は次亜の絵を見て思ったが、口に出すことは出来なかった。

 

「あれ?秀の絵が下手になっている。」

一郎は言った。

「勉強をしたせいさ。本当は勉強なんかしたくなかった。」

「ダメ、もっと勉強をしなさい。君には絵は向いていない。」

 

優斗は空の絵を描いていた。

優斗は、卒業後パイロットを目指そうと思っていたが、まだ口に出してはいなかった。

 

 

授業が長かった日でも、暇な日は、夜8時くらいまで、カフェテリアで絵を描いた。

女子や後輩達は、ちらちらとこちらを見て、こそこそと帰っていく。

いつのまにか、鷹雄達は、大学内一の人気集団となっていた。

近藤君の絵は、全然ダメだ。

「ねぇ、これどう?」

秀は絵を見せた。

「タトゥーをいれた者なんて、描いちゃダメだよぉ!」

鷹雄は言った。

 

慧は机のデッサン、優斗は飛行機の絵を描いている。

「あっちもこっちもなんなんだい。」

 

「うわー、上手い!」

秀は、次亜のスケッチブックを見て言った。

「なんて可愛い女の子なんだ。」

優斗も言った。

 

鷹雄も少し見て、自分のスケッチブックを隠した。

次亜の女の子は確かに可愛いが、自分の方が格段に上手い。

 

一郎は優しそうな目で、家族の絵を描いていた。

 

 

次の日の夜も、同じように、カフェテリアで絵を描いた。

「いいかい、次亜。絵はね、こう描くんだ。」

鷹雄は次亜の右手を上から握り、躍動感溢れる男の絵を描いた。

「男の絵‥。」

「そう。障害がある君は、良い男に対して、嫌な思いをすることもあるかもしれない。

でも、そんな君だからこそ、強くて、誠実な男を描けるはずなんだ。」

鷹雄は言い、他の5人も手を止めて、次亜を見つめた。

 

「分かった。僕、男の絵を練習してみる。」

「そうだよ。」

「頑張れ、次亜。」

 

 

「ん?」

若い助教が通りかかった。

28才の小林だ。

 

アハハハ!

7人は絵を描き続けた。

 

「おーい、いつまで居残りする気?」

戻ってきた小林ジュンが聞いた。

「あ、小林先生!もうすぐ帰ります。」

「うん。あんまり遅くなると、危ないからさ。」

ジュンが言うと、7人はクスクス笑った。

 

クスクス笑って、ジュンの悪口を言った。

 

「もー。」

ジュンは教員室に向かった。

 

ジュンは、教員室で、机に立てかけてある写真を眺めた。

戦争で死んだ父の写真だ。

祖父が大学に通うお金を出してくれたので、必死で勉強した。

 

外を見ると、鷹雄達が帰って行く。

秀と慧と優斗が、自転車の3人乗りをしたが、すぐに倒れた。

次亜は、車椅子から降り、松葉杖で歩いている。

歩けるが、多少の痛みがあるので、歩くことは不安である。

 

バーン

遠くで花火があがった。

東京オリンピックは来年に迫っている。

18年前の戦争はどこへ消えた?

ジュンは悔しい気持ちだった。

 

「イエーイ。」

秀は次亜をまた車椅子に乗せ、S字に走らせている。

 

鷹雄は切ない目をした。

鷹雄も一郎もみんな、ジュンと同じ気持ちだった。

 

「また戦争が起こるな。」

優斗がポツリと言った。

「ポツダム宣言なんて、嘘だろう?だって映像がなかった。」

「それは‥仕方ないだろう。海上で行われたんだぞ。

記者なんか、ついて行けるわけない。」

 

「なぜ海の上で?」

「分からない。逃げられないようにだ。」

「だけどなぜ、天皇が行かなかった?」

 

優斗が聞き、鷹雄は目を見開いた。

本物の昭和天皇が服毒自殺したことは、知っていた。

 

宮内庁に勤める叔父を持つ、森下から聞かされたのだ。

 

『本物のミチ様は亡くなられたのだぞ。』

『ああ、そうかい。』

 

『‥それはいつだい?』

『東京大空襲の三日後だ。』

 

 

商店街のシャッターが閉まった店の前で、乞食が物乞いをしている。

「飴ですよ。」

秀は、乞食に飴を渡した。

 

鷹雄は辛くなり、目を閉じた。

「こんな時に東京オリンピックなんて‥。」

「大丈夫かい?」

一郎が声をかけ、慧と優斗も心配そうに見た。

 

近藤君も、次亜の車椅子を押しながら、暗い顔をしている。

 

「何、気にしてんの?」

秀が聞いた。

「何って。こんなに貧しい人達がたくさんいるのに、君は、政府がしていることが正しいと思うのか?‥だったら、金を配布しろってんだ。」

 

秀が言った。

「う~ん‥。でも、鷹ちゃん達はまだ、分からないかもしれない。

俺はさ、ずっと働いてきたんだ。だから知ってるけど、貧乏人は、とにかくバカな人が多い。バカだし、礼儀を知らないんだ。」

 

鷹雄達は言葉を失った。

 

「そんな言い方。」

言ったのは、一郎だ。

 

「だよね、ごめんなさい。」

秀は言った。

「ふざけんなよ!」

慧は軽く、秀を小突き、優斗は優しい表情で秀を見た。

優斗は、秀の考えに少し賛成だった。

 

近藤君は、少し気持ちがすっきりした。

バイト先のカフェで、よくないお客から酷い事を言われたのだ。

 

 

寝る前、鷹雄は、一郎との約束を思い出した。

『体操をしてみないか?日体大で出来る。』

 

「あれ、いつだっけ?」

鷹雄は黒い手帳を出して、見た。

「うう~。」

鷹雄は頭をかいた。

 

「次亜とせっかく仲良くなったのに。」

鷹雄は寝る前には必ずうがいをする。

 

 

次の日の2限目。

鷹雄は急いで教室に入り、一郎の隣に座った。

慧と優斗は前の方の列に2人で座っていて、一郎はすまし顔でノートを確認している。

 

「一郎君、実は君に、話したいことが‥。」

「なんだい?」

「この前、日体大に行く約束をしただろう?体操をするとかで。」

「うん。楽しみだよ。」

 

「やめないか、それ。」

「どうして。」

「だって‥次亜とも仲良くなったしさ。」

「関係ないさ。次亜も連れて行く。」

「そうは言っても‥。」

 

「なぁ、15日、日体大行くよな?」

一郎が、慧と優斗に呼びかけると、体育会系の男子達や、可愛い女子達がジロジロと見た。

 

「うん、行くよー。」

優斗はすまし顔で答えた。

 

「ほら。鷹雄君も一緒に行こう。後で、近藤君と次亜も誘っておく。」

 

 

放課後、鷹雄は浮かない顔で、アパートを目指した。

鷹雄のバイトは週三回の新聞配達だ。

朝早いので大変だが、夜の時間を自由に使えるのはとてもよかった。

 

前から、ハイカラなワンピースの女の子が歩いてくる。

鷹雄は目をそらした。

光子だ。

 

「あれっ?鷹ちゃん?」

「あぁ、光子ちゃん。久しぶりだね。」

「うん。実は私、八百屋と酒屋を辞めたのよ。今度ね、映画に出ることになったの。」

 

『ええ‥何々、この急展開。』

 

「あのね、私の知り合いの、フジクラさんがね、芸能プロダクションを紹介してくれたの。なんと、新人女優として、いきなりの主演映画。」

 

『は?意味が分かりません。』

 

「映画のタイトルは、恋スルアンブレラ。でね、相手役には、今人気の俳優、木平コースケさん。」

 

「私、すごいと思わない?撮影は、来月からなの。」

 

鷹雄は、光子をにらんだ。

 

「うまくいくといいな。出来上がったら、見に来てくれるでしょう?映画館に。」

 

「光子ちゃーん!」

道路の向こうから、男が光子を呼び掛けた。

 

鷹雄は息を飲んで、男を見た。

なんと、その男は、優斗だったのだ。

 

「優斗さん!!」

 

「光子ちゃん、優斗と知り合いかい?」

「知り合いってわけじゃないの。私に、少し話しませんか?って。それで、時々、カフェで会っているの。」

「そう‥。」

「じゃあね、鷹ちゃん。」

「うん‥。」

 

光子は優斗の下に走って行く。

「あれ、鷹雄?」

優斗がわざとらしく声をかけたが、鷹雄は無視をした。

 

 

鷹雄は家で、レトルトカレーを食べた。

「光子ちゃんなんか、嫌いだから。優斗なんかもう、し‥。」

鷹雄は口をつぐんだ。

 

「ふん。」

 

カレーを食べ終わった鷹雄は、勉強をしながら、赤い顔で、友人が無理矢理くれた、下品な雑誌を見た。

「うわぁ‥。」

鷹雄は顔をしかめた。

 

「やっぱり、こういうのは好かん。」

鷹雄は、テキストは床に落とし、スケッチブックを広げ、絵を描いた。

絵は描けば描くほどうまくなる。

やってみて、感覚があるかどうかだ。

パラパラとめくって、動かした。

鷹雄は笑い、今日の出来事をすっかり忘れてしまった。

夢の中で、描いた姫様と一緒に空を飛ぶ。

 

「わああ!」

「鷹雄さん、描いてくれてありがとう!」

 

「私がいるのは、あなたのおかげよ。」

 

 

「ついにこの日が来たね。」

一郎は両手をこすり合わせた。

「でも、僕達が本当に入っていいの?」

近藤君が聞いた。

 

「大丈夫。知り合いを呼んである。」

「知り合い?」

「うん。待ち合わせはここだよ。もうすぐ来る。」

 

『大丈夫かな?』

鷹雄、秀、慧、優斗は、不安げにした。

 

「ああ!足立さーん!」

 

「僕の知り合いの足立さん。日体大体操部のキャプテン。」

「ええ、キャプテン?」

「じゃ、オリンピックに出るんですか?」

 

「オリンピックはまだ決まっていません。選考がいくつか残っているので。」

 

足立さんは、体操の手本を見せてくれた。

「すごーい!!」

「うわあああ!!」

7人は感動して見た。

 

「じゃ、僕からね。」

体操のユニフォームに着替えた一郎は、白い粉をつけ、足立さんと鷹雄と優斗に持ってもらって、鉄棒にぶら下がった。

 

一郎は何度か回転し、垂直に止まった。

「あらあらあら‥体操が得意って本当だったんだねぇ。」

 

一郎は開脚したりして、ジャンプして、着地した。

 

「うわー、一郎君、すごい!!」

 

秀もバク宙をしたし、優斗もダブルハンドスプリングを見せてくれた。

慧は、秀と優斗の2人がかりで、鉄棒にぶら下がった。

少し前回りや逆上がりをして、膝で、ぶら下がった。

「それ、どうやって降りるの?」

「分かんない。」

 

慧は腕を伸ばし、鉄棒をつかんで降りた。

 

「鷹ちゃん。」

 

「俺は何も出来ないって。」

「やってごらんよ。」

 

ゴロン

鷹雄は前転をした。

「何それー。」

 

「だって、俺は逆立ちも出来ないんだぞー。」

 

ジアは、足立さんと近藤君と一緒に、平行棒をしている。

 

一郎は、床もすごかった。

 

帰り道、鷹雄は一郎に言った。

「一郎君、体操が本当に上手いんだねぇ。今からでも、東京オリンピックに間に合うんじゃないか?」

「うーん‥。」

一郎はまんざらでもない感じだ。

 

 

「ねぇ、カレーを食べて帰らない?」

ジアが聞いた。

「いいね、カレー。」

今はラーメンが流行だが、昔はカレーが流行だった。

 

「昨日も一昨日もカレーだったんだよ、俺は。」

鷹雄は言った。

 

「知り合いのカレー屋が、この辺りなんだよ。」

ジアが言った。

 

「こんにちは‥。」

「ああ~!ジアちゃん。」

迎えてくれたのは、可愛らしいオバサンだ。

「友達もいるんですけど‥。」

 

「ああ~大丈夫大丈夫。いらっしゃい、ありがとねぇ。」

 

「ねえ、カレーでいい?」

ジアが聞いた。

「他に‥うどんとかもあるけど‥。」

「カレーでいいよな。」

6人はうなずいた。

 

「照子さん、カレー7つ。」

「はい、かしこまりました。ちょっと待ってね~。」

 

「はい、お待ちどおさま~。」

「あれ?」

「カツ、おまけしちゃった。今日ねぇ、ちょうど捨てる予定だったのよ。

捨てるものなんて、出しちゃって、ごめんなさいね‥。もし、あれなら、残してね。」

 

「いえ、ありがとうございます。」

 

「ごゆっくり。」

 

オバサンは奥に行った。

 

「ただいま‥。」

パーカーの男が帰ってきた。

「ジュンちゃん、今、お客さん来てるからね。」

「はいはい、来てなかったら、逆にヤバいでしょ。」

ジュンはぶつぶつ言いながら、冷蔵庫に向かった。

 

「残ってんだろ?カツ。」

「実はもうないの。今、お客さんにおまけにしちゃったから。」

 

「母ちゃん、おまけなんかしちゃダメだよぉ。客ってゆうのは、傲慢なんだからさ。また次もまけてくれって来るぜ。」

「うーん‥でも、大丈夫よ。今日のお客さんは、ジアちゃんとその友達だもの。」

 

「え?」

 

7人の下に、怪訝な顔をした、小林ジュン助教が、水を持ってきた。

「あ、小林先生。ご実家だったんですか?」

鷹雄が聞いた。

「うん、そうだよ。」

 

「ありがとうございます。」

ジュンが水をついでくれた。

 

「カレーうまいっす。」

「ああ~。捨てるトンカツ、ごめんね。」

「いえいえ、サービスしていただいて、ありがとうございます。」

「今日、だけだからな。」

「はい。」

 

「また来ますよ。」

 

「うまかった。」

 

「じゃ、ごちそうさまでした。」

「気をつけて帰れよ。」

 

7人は明るい夜道を歩いて帰った。

 

暗い世の中と思っても、美味しい物を食べると、明るい気分になる。

弱者が明るく笑ったら、その者の勝ちである。

 

「じゃあ、僕達はこれで。」

近藤君と次亜は、挨拶をし、近藤君はまた暗い顔をした。

 

「なぁ、聞いていいか?」

鷹雄は優斗に言った。

「うん。」

「光子とどういう関係?」

「え‥別に、可愛いから、話してみようかなーって思っただけだよ。

でも、彼女‥。」

優斗はクスクス笑いだした。

 

「何?言ってくれよ。」

「なんか‥好きな人がいるけど、鷹雄君には秘密ね、だって。それって、鷹雄に、自分が好きだと、伝えてほしいってことだろ?」

「え‥。」

「よかったじゃん。光子ちゃんみたいな子に好かれて。」

「いや、そんなことないよ。」

「そんなことあるって。」

 

 

ジアが近藤君に聞いた。

「近藤君、最近暗いんじゃない?もしかして、僕のせい?車椅子を押すのが大変だとか‥。」

「いやいや、そうじゃないさ。むしろ、君といると、気が楽になる。」

「じゃあ、どうして‥。」

「みんなより、絵がうまく描けないんだ。」

「気にすることないよ。だって、近藤君は、絵以外の事は、なんだって出来るじゃないか。」

「うん‥。」

「あ、じゃあ、僕、ここらへんで‥。」

「うん。じゃあね。」

「さよなら、また明日。」

ジアは車椅子を動かしながら、信号を渡って行った。

 

「はぁ。」

近藤君は軽く息をつき、アパートに向かった。

部屋のカレンダーは、京都のカレンダーだ。

近藤君は京都出身である。

 

「君(きみ)ちゃん、今日からおぼっちゃんね。」

「はい。」

学習院の入学式、京都から下ってきた母親が言った。

「君、甘えるなよ。」

「はい。」

 

「学費のことは心配しないでね。仮にも家は、貴族の家柄なんだから。」

母は言ったが、父の背広の裏は破れている。

 

「でも、迷惑はかけません。」

 

 

君久は、段ボールを出した。

段ボールが机代わりだ。

最初は難しいテキストを出したが、軽く床に投げ捨てた。

出したのは、スケッチブックだ。

 

 

鷹雄と優斗の前では、一郎、慧、秀が、実家の話をしていた。

「実家どこだっけ?」

「僕は、山形です。」

「俺は、滋賀。」

一郎と慧が答えた。

「滋賀?いい所だろ?行ってみたいけどな。」

「実家どちらですか?」

「俺は長野。」

秀が答えた。

 

秀は両親のことを思い出した。

 

秀の両親が話している。

「だけどさ、良かったよね。子供が2人もいて。」

「まぁな。ひよりは、1人で死んじまったけど。」

「1人じゃなかった。0才のひよりを、家族4人で看取ったじゃないの。」

「いや、1人さ。あの子は1人で天国に行ったんだ。」

父が言い、母はうつむいた。

 

「ただいま。」

「おかえり、秀ちゃん。お兄ちゃんなら、友達とキノコ狩りに行ったわよ。」

「ふーん。」

 

「秀は、東京にいつ帰るんだ?」

「明日。」

「明日?早いじゃないか。たまにはお前と、釣りに行きたいと思ったのに。」

「行かね。」

「なんだ、つれない息子だねぇ。

兄ちゃんなんかな、今でも父ちゃんと風呂に入るんだぞぉ。」

「入りたくない。」

秀は二階の自分の部屋に向かった。

 

「つれねぇな、あいつ。やけに大人びてさ。」

「うーん‥でもさ、うちもおかげさまで安泰だよねぇ。子供が2人とも、働きに出て。」

 

「母ちゃん。」

秀が顔を出した。

「どうした。」

父が答えた。

 

「俺、大学に通いだしたから。」

「ええ?」

「通信制みたいなもんだけどさ。」

「大学って‥学費は大丈夫なのかい?」

「大丈夫。」

「どこの大学だ?」

「学習院。それから、俺のこと、子供って呼ぶのやめて。」

秀はまた、二階に駆け上がった。

「学習院ね‥。うちの子が、学習院だなんて‥。」

「だからぁ、子って呼ばないでって言ってるじゃん。」

秀の声だ。

 

「じゃあ、なんて呼ぶんだい?」

「息子でいいじゃねーか。」

「息子ってゆったって、子がついてるだろ。」

「ああ~、じゃあ、旦那だな。よ、旦那さん!」

アハハハハ!両親はゲラゲラ笑っている。

 

秀は赤い顔で、漫画を開いた。

 

 

「慧男。」

慧のお父さんは家具職人である。

家具を作りながら、お父さんが慧を呼んだ。

「何?」

慧も、小さな箪笥を作っていた。

もちろん、売り物ではない。

 

「あのな、近所の、ナヤちゃんとマノちゃんが、後で遊びに来るってさぁ。」

「へぇ~‥。」

慧は目をふせて、作業を続けた。

 

「お前がどちらか選ぶことになるかな。」

「そんなわけねぇだろ、父ちゃん。俺は、年下は苦手だぜ‥。」

 

しばらく作業を続けたが、慧のお母さんが呼びに来た。

 

「慧ちゃん!

ナヤちゃんとマノちゃんが来たからね。会ってやって。」

「仕方ないなぁ。」

 

お母さんの後ろに続きながら、慧が言った。

「母さん、前にも言ったけど、俺のこと、慧ちゃんって呼ぶの、やめてくれない?」

「なんで。」

「いや、こっちが聞きたいよ。俺はもう21なのに、母親からチャンづけされるなんて、恥ずかしい。」

「あのね、これには訳があるの。慧ちゃんだって、母さんが若い男と不倫するなんて、嫌だろう?慧ちゃんもさ、母さんがチャン付けしなければ、変な女がつくに。」

 

「とにかく、ナヤちゃんとマノちゃんに会ってやって。」

 

ガラガラッ

慧が障子を開けると、ナヤちゃんとマノちゃんが、緊張した面持ちで座っていた。

「あっ、どうもこんにちは。」

「あぁ、こんにちは‥。」

「ちょっと、俺、ジュース持ってくるわ。」

「ありがとうございます。」

 

ナヤちゃんとマノちゃんは顔を見合わせた。

2人が想っていたほど、慧兄ちゃんはいい男ではなかった。

 

「お待たせ。」

「うん。」

2人の緊張は、完全にとけていた。

 

「どう?高校は。」

「楽しい。」

「そっか、部活とかやってるの?」

「テニス部。」

「マノちゃんは?」

「ソフトボール。」

「そっかぁ。いいね。大学になると、部活っていうより、サークルだから。」

「何が違うの?」

「まず、試合がないってことだな。」

「へぇ~。」

「慧ちゃんは、何サークルに入ってるの?」

「俺は、美術。」

 

「ええ。」

2人は顔をしかめた。

 

 

「優斗、これちょっと持ってちょうだい。」

「うん‥、どうしたの?これ。」

「あのね、母さんが市場でもらってきたの。」

「そうなんだ。市場勤め、大変?」

「ううん、楽しい。みんな優しいから。」

 

「お父さん、今、仕事が変わって、給料が落ちちゃったから、仕事の話はしちゃダメだからね。」

「わかった。」

 

「ただいま。」

「おかえり、お父さん。」

 

家族4人での食卓。

優斗は、弟の定二(ていじ)に聞いた。

「定二は、高校どう?」

「大変だよ。」

「どうして?」

「俺、野球部のメンバーから外されちゃって‥。それで、チームは負けて、甲子園行けなかったんだ。」

「そう‥。」

「なぁ?定二が出ていれば、勝てたのに。監督はおかしいよ。」

「まぁ、それくらいにしておきましょう。監督だって、高校の先生なんだから。」

 

優斗はうつむいて、ご飯を食べた。

「優ちゃん、定二が航空学校に進むっていうんだけど‥。」

「え、パイロットに?」

優斗は一番パイロットに憧れていたので、心が熱くなった。

 

「そう。夢だったから。」

「そんな。」

優斗は頭がくらくらしたが、ご飯を完食した。

 

夜。

「優斗、定二のこと、いいか?」

「さぁぁ。知らない。」

優斗は、布団を頭まですっぽりかぶっている。

 

「ふーん。」

お父さんは出て行ってしまった。

 

夜12時。

ゴォォォという音とともに、家が揺れだした。

地震である。

「ああ!」

「兄ちゃん!」

「定二、机の下に隠れろ!」

 

「あああああ!」

お母さんの声だ。

 

15分ほどで、揺れはおさまった。

 

「母さん、大丈夫か?」

お父さんが懐中電灯を持ち、お母さんの様子を見たが、お母さんは無事だった。

 

「定二。」

「兄ちゃん‥。」

「大丈夫?」

「うん。はああ。」

定二は、優斗に抱きついた。

 

「やだ、停電だ‥。」

 

次の日の朝、お母さんが言った。

「電気、明日くらいまでダメだって。」

 

「俺、トイレ。」

トイレに行こうとした定二に、お母さんが呼びかけた。

「トイレも流れないからね。」

「ええ?」

 

「お母さん、そんな我慢せずに。」

昼までトイレに行かないお母さんに、優斗が声をかけた。

 

「だけど、お父さんがいるから‥。」

お母さんは目を落とした。

 

 

「地震がおきても、うちはボットンがあるから、よかったですよねぇ。」

山形の実家で、一郎は母親に言った。

「そんなこと、大学で言ったらダメだからね。」

「言いませんよ。学習院は、公家が通う大学なんですから!」

一郎は、母親に向かって言った。

 

「あー、やだやだ。おかしい子がいて。」

「うーん‥学習院だなんて、お門違いだな。」

畑のすみで、一郎の両親は話した。

 

「母さん、僕、美術の学校に行きます。」

家の中で、一郎が母親に言った。

「何を言っているの!もうあんたは、大学に通っているじゃないか!」

「だけど、勉強よりも、絵の方が向いているので。」

「ダメ。ダメダメダメ。」

 

一郎は母親を追いかけた。

「それがダメなら、僕は体操選手になります。」

「ええ?まぁ、確かに、あんたは昔から得意だったからねぇ。」

 

「だけど、危ないよ。」

 

母親は、火がついていないいろりのそばで、わらを編んでいる父親にこそこそと話した。

「一郎が、体操選手になるって。」

「へぇぇ、一郎が?」

 

「やりたいなら、やれよ。」

「うん‥。」

 

「ただいま。」

夜、工場に勤めに出ている代利子が帰ってきた。

代利子は、一郎の双子の妹だ。

 

「いただきます。」

食卓の席で、母親が代利子に言った。

「よりちゃん、お兄ちゃんにさ、あの事、言わなくていい?」

「あ、うん‥。」

「そうだ、代利子。せっかくだから言え。」

「何?」

「ほら、よりちゃん。」

「うん‥。あのね、実は私、結婚するの。」

「ええ、誰と?」

「和一(わいち)さん。私よりも、20才も年上だけど‥。良い人だから。」

「そう‥。ええ~でも、正直、ショックだなぁ。よりちゃんは、僕の双子の妹なんだから。」

「ごめんね、兄ちゃん。」

「うん、でもいいよ。よりちゃんには、幸せになってもらいたいから。」

 

 

「いったぁ‥。」

東京に実家があるジアは、妹の旦那である義昭(よしてる)のマッサージを受けていた。

義昭は病院勤めで、26才である。

 

「自動車事故にあってから、何年ですか?」

「4年。」

 

ジアは、自動車事故に逢った時のことを思い出した。

 

「じゃあね。」

「うん。」

 

キキーッ

友達とカフェで話して、別れた直後だった。

 

今思えば、その友達が、仕組んだ事だ。

その友達は、綺麗な子と結婚したが、どうせ中身のない物だろう。

 

日曜日。

義昭が声をかけた。

「どこに行くんですか?」

「ちょっと、外に。」

 

ジアは松葉杖で歩いて行き、義昭は心配そうにジアの後ろ姿を見送った。

 

 

今日、鷹雄は実家に帰る。

実家といっても、東京にあるので、電車で30分くらいだ。

 

鷹雄はジャージ姿で道を歩いた。

若い鷹雄は、正直いって、体がガッシリしていて、いい男だった。

 

「また、乞食がいる。」

鷹雄は目をそらした。

「でも‥なんだか可哀想だなぁ‥。あんなに若いのに‥。」

鷹雄は、恐る恐る乞食を見た。

シャッターの閉まった店の前に、お婆さんの乞食と若い男の乞食がいる。

 

「だったら、働いて、婆さん食わせろってんだ。」

 

「おーい。」

歩き出した鷹雄を、乞食が呼んだ。

「え‥。」

 

「鷹雄君!」

 

「ジア?」

若い男の乞食は、なんとジアだった。

 

「どうして、こんな所に。」

「いや‥。お婆さんの気持ちが知りたかったから。」

そう言って、ジアは立ち上がり、お婆さんは上目でジアを見上げた。

「そっか。

お婆さん、お金とおせんべえだよ。」

鷹雄は、お婆さんに渡した。

 

お婆さんに背を向け、歩きながら、鷹雄とジアは話した。

「わざわざこんな事しなくても。」

「ゴメン。でも、俺も、将来、働けなくなるかもしれないし。」

「大丈夫さ。手は動くんだから。」

 

「うん‥。鷹雄君って、優しいよね。」

「いやいや。君、この前、体操やってたね。」

「うん、楽しかった。」

「もうやらない方がいいよ。手を大事にした方がいい。」

「そうだよね。」

「俺だって、体操なんか出来ないんだから!」

 

 

鷹雄が駅に着くと、一郎が、ベンチで呆然と座っていた。

一郎は鷹雄に気づいていると思うが、まっすぐ前を向いている。

「あの‥一郎君?」

「はい?」

「一郎君だよね?どうしたの?」

「ちょっと‥悩み事があるものですから。」

「大丈夫?思いつめて、自殺とかしないでね。」

鷹雄が言うと、一郎は黙ってうなずいた。

 

電車が来た。

鷹雄が乗ろうとすると、一郎が話しかけた。

「鷹雄君、どこに行くつもりなんですか?」

「実家だよ。」

「僕も行ってもいい?」

「え‥。」

 

一郎は電車に乗り込んだ。

「いや~、楽しみだな。鷹雄君の実家に行けるなんて。」

「実家といっても、長屋でね、すごく古いんだ。君のような人が、あがれる家じゃないんだよ。」

「そんなことないですよ。僕の実家には、ボットン便所もありますから。」

「ボットンなんて、普通じゃないか。」

 

「ただいま。」

「おかえり、鷹雄。早かったねぇ。」

迎えてくれたのは、お母さんだ。

 

「あの‥こちらは、僕の大学の同級生でね、高野一郎君だよ。」

「あら、こんにちは。鷹雄がお世話になっております。」

「お世話だなんて‥。僕の方こそ、鷹雄君には、よくしてもらっています。」

 

鷹雄と一郎は、家にあがり、一郎は靴をそろえた。

「鷹雄、明代さんが来ているからね。ケンの世話をしに‥。」

「ああ‥はい。」

 

「僕の弟のケンが、障害者でね。下半身不随なんだよ。」

「ええ?そうだったの?」

「うん。明代ちゃんは従妹で、よく、ケンの面倒を見に来てくれるんだ。」

 

コンコン

「はい。」

明代さんの声だ。

「ケン。兄ちゃん、帰ってきたぞ。」

「兄ちゃん、おかえりなさい。」

 

「こんにちは。」

「こんにちは‥。」

 

明代さんは会釈をした。

 

一郎は聞いた。

「ケンさんは、上半身もダメなのかい?」

「いや、上半身は大丈夫だよ。ケンは、絵も描けるし‥。」

「そう‥。変だなぁ。今、明代さんが、ケンさんに、ご飯を食べさせていたように見えたけど。」

一郎は言い、鷹雄はため息をついた。

「ケンは、明代ちゃんが来ると、わがままになるんだ。」

「ええ‥。でも、ケンさんだって、もう大人なんでしょ?明代さんだって、結婚‥しているだろうに。」

「いやいや。明代ちゃんはまだ、結婚していないよ。先月に、彼氏と別れたみたいなんだ。」

「そう?今時めずらしいねぇ。あれくらいの女性が結婚していないなんて。」

「そうかい?」

「うん。僕の妹の理代子は結婚するって。20才年上の人とね。」

「はあ‥。」

「鷹雄君、僕と理代子は、双子なんだよ。言ってなかったかな?」

「それは初耳だよ。君がまさか、双子だったとは。」

「とはいえ、男女だから、一卵性双生児といっても、完璧なうり二つではないんだ。」

「一卵性双生児だとぉ?!!」

 

鷹雄の声は、明代さんとケンの部屋にも届いていた。

ケンは絵を描き、明代さんは編み物をしている最中だった。

ケンは聞いた。

「ソーセージって何?僕、ソーセージ、食べたいよ。」

 

コンコン

「はい?」

鷹雄が返事をすると、明代さんが顔を出した。

「あのソーセージの話は‥。」

 

「ああ、僕がね、一卵性双生児なんです。」

「へぇぇ‥、そうなんですか。」

「はい、そうなんです。あの‥明代さんは‥、なぜ、その年で、結婚なさらないんですか?」

「えっ‥。」

「もういいから。明代ちゃん、ケンの事、ありがとうね。」

「いいえ、私も、ケンといると楽しいですから。」

 

 

帰り道、駅に向かいながら、一郎は言った。

「明代さん、かわいいねぇ。僕ね、お年寄りに優しい人に弱いんだけど、障害がある方に優しくしている人には、もっと弱いの。」

「まさか‥明代さんの事‥。」

「うん‥。好きかもしれない。」

「好きかもってぇ!君と明代さんは、今日会ったばかりだぞぉ!」

「確かにそうだよね。でも、これではっきりした。僕、体操で、東京オリンピックを目指す!」

 

次の日から、一郎は本気になった。

日体大に通い、白ユニフォームで、体操の猛特訓を始めた。

足立さんは良い人だった。

 

 

ガラガラッ

「失礼します。」

小林ジュン助教は、学長室に来た。

 

「あの‥話って。」

「うん。君の事でさ、脅迫状が届いたんだよ。」

『小林ジュンを辞めさせろ。でなければ、大学を爆破する。』

「ええ、誰がこんな事を。」

「差出人の名前はないんだよ。こういう手紙には、無いのが普通だろうがな。」

 

「はぁ‥。」

ため息をついて、学長室を出た。

 

『牛乳配達でもしたらどうだ?牛乳は、体にもいいし。』

 

ジュンは学長の言葉を思い出し、暗い顔をした。

段ボールに荷物をつめ、教員室を出る。

 

しばらくの間、大学を辞める事になったのだ。

 

「あれ?小林先生?どうしたんですか?」

何か勘づいた様子の鷹雄が聞いた。

「実は辞める事になったんだ。」

「え、どうしてですか?」

「俺宛てに、脅迫状が届いたんだよ。」

ジュンは、鷹雄に背を向けた。

 

「学祭来てくれますよね?」

「その前にテストあるから、頑張れよ。」

 

「テストなんて、別にどうでもいいんですよ。」

鷹雄が言ったが、ジュンは答えなかった。

 

「教授になれなきゃ、意味がないよ。中途半端で終わったな。」

ジュンは大学を出た。

 

 

学祭前のテストを、みんな受けた。

テストの後、君久のまわりには、大学の女の子が集まって来ていた。

「ねぇ~、君久君が、優しくしてあげてる子達、誰?」

「あの子達は、可哀想な子でね。ヤクザと付き合っていたんだ。それを僕が助けてあげたんだよ。」

「へぇ~、そうなの。優しいのね。」

 

大学の門の前には、君久を待つ女の子が何人か来ていた。

君久は走った。

「ごめん、来てくれていたんだねぇ。」

「ごめんね、突然来ちゃって‥。」

「いいんだ。君達の笑顔が、僕の支えになる。」

 

女の子の一人が、自分に彼氏ができたという報告をし、君久は笑顔で祝福した。

 

「亜哉子ちゃん、本当におめでとう。君達にも早く、良い人ができるといいね。」

「私、君久君がいいよ!」

「ダメ。僕は多くの人を励ましたいんだ。」

 

「これ、学祭のチケットだよ。来てくれるよね?」

「いいの?」

「当然だ。もしかしたら、良い人が、学習院の中にいるのかもしれないよ。」

 

 

「急げ、急げ、急げ!」

結局、鷹雄達は、切り絵劇をすることになった。

 

色がついたカワイイ女の子の絵や、勇者の絵は、大学の窓に貼ることにした。

秀は入口に飾るための大きな絵を描き、鷹雄が手直しをした。

 

切り絵には、表情がない。だから難しいが、自分達のレベルがどれほど高いか測るには、もってこいの芝居だった。

 

大学の後輩達は、切り絵劇のちらしを配ってくれたので、当日は多くのお客さんが押し寄せた。

 

「準備はいいか?」

「うん。」

 

切り絵劇は、大成功だった。

 

学祭も終盤。

鷹雄達は、カフェテリアで話した。

秀は、マーチング部の発表で、着ぐるみの役も引き受けていたので、着ぐるみを着て、頭だけを取った状態だ。

君久は、安っぽいタキシードを着ている。

ミスコンの相手役で、出てあげたのだ。

君久が相手をしてあげた女子は、本命男子から告白され、嬉し泣きした。

 

鷹雄、一郎、慧、優斗は手ぬぐいをさげ、完全な親父姿だった。

 

ジアは、シャボン玉が飛ぶ中、子供達にバルーンアートを作っている。

 

「お疲れ様!」

会場で切り絵劇を見ていたジュンが話しかけた。

「小林助教!来てくれていたんですか?」

秀が言った。

「うん。切り絵劇、感動したよ。」

「ありがとうございます。‥早く、大学に戻ってきてくださいよ。」

「まだ、無理かな。俺に、脅迫状が届いちゃったから。」

「でももう、俺達4年だから、小林先生と会えなくなる。」

「俺なんかと会わなくたって、君達は大丈夫だよ。」

 

ジュンは背を向けた。

「先生。」

呼んだのは、一郎だ。

「何?」

「僕、体操で、来年の東京オリンピックを目指します。」

「そうなの?」

 

「はい。あまり時間はありませんが、僕は絶対に、東京オリンピックの出場権を手に入れます。」

 

選考大会の日。

もうかなり選考は進んでいたが、一郎の熱意と才能で、運命の歯車は止まっていた。

正確に言えば、運命の歯車は、一度止まり、再び、正しく動き出していたのだ。

 

一郎には監督はいない。

それなので、一郎の父親の玄作と、鷹雄が、監督とコーチという役で、大会に付き添う事になった。

一郎に、練習の場をくれたのは、足立さんだ。

日体大体操部のキャプテンになれるほどの男である。

きっと、よっぽどのコネがあるに違いなかったが、

足立さんは、誠実で真面目な男だった。

 

足立さんの前の男が、着地で、足首をひねるというアクシデントがあったが、

足立さんは完璧な演技を見せた。

残るは一郎だ。

ミスをした選手の友人や家族からの、ブーイングが飛んでいる。

 

「気にするな、一郎。」

お父さんはささやいた。

 

お父さんは、一郎を1人で持つことが出来ない。

なので、お父さんと鷹雄と足立さんの3人がかりで、一郎を持ちあげた。

一郎は、鉄棒をつかみ、軽快に回り始めた。

 

一郎は見事に大技を決め、東京オリンピックへの出場権を手に入れた。

 

 

「ういー、一郎おめでとう!!」

「ありがとう!」

最後の飲み会は、いつもメンバーだ。

「卒業したら、なかなか会えなくなるな。」

「すぐに会えるさ。だってみんな、東京にいるだろう?」

「そうだけど‥、またすぐに会ってしまったら、お互いのためにならないんじゃないか?」

「うん‥、そうだよね。」

 

鷹雄はアニメ制作会社、優斗と秀は新聞社、慧はデパート勤務、君久は国家公務員、ジアはなんと、国会の記録係というとてもいい仕事を手にすることが出来た。

 

ジアは、首相本人から言われた。

「だけどもし、国会の最中にテロが起こった場合、君だけが逃げ遅れることになるぞ。」

「構いません。僕は、命をかけます。」

「そうか。では、頑張ってくれ。」

首相は、次の会議に行った。

 

 

「お互いのために、東京オリンピックが終わるまでは、会わない事にしよう。」

「そうだね。」

 

 

アニメ制作会社では、鷹雄は一番低い給料であったが、会社のアニメのために次々と良いアイディアを渡した。

そのアイディアにより得たお金が、上の人達の家族の懐に入っていることは、よく分かっていたが、鷹雄は前を向いた。

 

「もし俺が、自分の会社を立ち上げたら、絶対にそんな事はしないぞ。」

鷹雄は夜道で、1人で言い、

「よっしゃー!!」

大声をあげた。

 

しかし、アイディアを渡していたせいか、都合よく会社を休んだり、早退する事が出来たので、鷹雄はやっぱり、会社に感謝をする事にした。

一郎の練習に付き添えたのだ。

 

一郎のお父さんも、山形から来て、練習を見ていた。

鷹雄は言った。

「一郎君は、どんどん上手くなっていますね。」

「うーん‥。」

お父さんは暗い顔をした。

 

お父さんは一郎に話しかけた。

「どうしたんだ、一郎。全然ダメだぞ。」

「うん‥。」

一郎は、少し離れた所にいる鷹雄を見た。

 

 

帰り道、バスを待つベンチで、一郎が鷹雄に聞いた。

「オリンピック、明代さん来てくれるかな?」

「うん、誘ってみるよ。あの、明代さんの事‥。」

「僕、好きなんだ。明代さんの事が。」

「そう‥。」

鷹雄は言い、お父さんは目をそらした。

 

鷹雄は遠くを見た。

きっと明代さんは、ケンを選ぶだろう。

 

ケンは、トイレまではなんとか歩けるものの、障害があるので憐れだった。

 

 

「オリンピックまで、俺達が集まらないなんて、無理だよね。」

秀は言った。

結局、鷹雄、一郎、秀、慧、優斗、君久、ジアの7人は集合した。

東京オリンピックで、似顔絵を描くイベントを行うためだ。

 

「まぁ‥丈夫な紙と、ペンがあればいいから。」

優斗が言った。

「確かに、ペンは一番がいい。でも、インクがなくなるだろう?

やっぱり、絵の具なんだ。」

鷹雄が言うと、みんな鷹雄を見た。

「絵具なんて、すぐに乾くよ。大体、10分だな。」

 

「そうだね。絵具を準備しよう。‥僕も絵を描けるようになったし、一郎、君はこの計画から外れていい。オリンピックに集中するんだ。」

君久が言い、みんな一郎を見た。

 

「分かった。僕は必ず、東京オリンピックで金メダルをとる。

この計画は、みんなに任せた。」

 

光子の映画のポスターが貼ってある。

光子の映画は、第二位の成績だった。

本当は第一位だが、光子は男子から人気すぎた。

「鷹ちゃん、待った?」

光子は走ってきた。ハイカラなワンピースを着ている。

「ううん、全然。」

2人はお洒落なカフェに入った。

 

「それにしてもびっくりしちゃった。木平さんったら、本当に顔を近づけてくるんだもの。」

光子は楽しそうに、映画の話をペラペラと話した。

 

「それで‥、光子ちゃん、女優を続けるつもりなのかな?」

「う~ん、まだ分からない。実はこの映画ね、フジクラさんが脚本を書いていたのよ。

多分、私のために‥。」

「そう‥。」

 

鷹雄はテーブルの下で、優斗からもらった、空の指輪ケースを開けたり閉めたりした。

 

東京オリンピックの日が来た。

矢は聖火を点灯させ、日本中を沸かせた。

 

 

鷹雄たち6人は、絵描きを頑張った。

最初は、若い女の子や小さな子供が中心だったが、大人の女性やカップルも並んでくれた。

 

一郎の試合当日。

鷹雄はお父さんに代わり、会場入りした。

一郎のご家族と、6人は客席だ。

 

直前練習。

一郎はキョロキョロしている。

「どうした?ほら、飲み物だよ。」

「これは?」

「冷たいウーロン茶だ。カフェインが入っているから、落ち着けるだろう?」

「うん、ありがとう。」

一郎は元気になった。

客席に、明代とケンの姿を見つけたのだ。

 

「一郎君、頑張って!!」

ケンは叫び、一郎は両手を振った。

 

明代はケンと結婚したいわけではなかった。

ケンもケンで、明代の他に会いたい人がいた。

明代のお姉さんの縁子(ゆかりこ)だ。

 

 

個人種目で、足立さんの演技は完璧だった。

 

床の演技、着地で尻もちをついた一郎は、鉄棒で勝つしかなかったが、

足立さんの演技は、完璧すぎて、勝てるわけがなかった。

でも、鷹雄は、1人で一郎を持てるようになっていた。

 

一郎は完璧な演技だった。

 

でも、銀メダルだ。

 

「兄ちゃん!」

代利子が呼んだ。隣には和一さんがいる。

 

「代利子!」

一郎は手を振った。

 

代利子はテレビのインタビューに答えた。

「あの‥兄の演技は素晴らしかったです。

銀は、金に一つ及ばないからこそ、良い色だと思います。」

 

 

「一郎君!」

「明代さん!」

「おめでとう。」

「ありがとう!!」

 

ケンも泣いていた。

 

絵描きも大盛況だった。

 

 

東京オリンピックは最高だった。

 

 

 

 

「鷹雄監督、なんでこんなに早く!!」

イロウ達モデルは並び、みんな泣いた。

今日は、鷹雄のお葬式だ。

 

「鷹雄監督~!!」

鷹雄の亡骸が乗った、黒い車に向かって、みんな泣きさけんだ。

黒い車の助手席には、遺影を持った秀が乗っている。

 

「わああああ!!」

 

イロウは泣き、参列客に押され、ふらふらとした。

 

「は‥。」

イロウは目覚めた。

「夢だったか。」

 

イロウはベランダに立って、東京の雑踏を眺めた。

「よかった。」

イロウは少し笑った。

 

end

【大切な物】by Shino Nishikawa

 

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