Tokyo young story 5

August 18, 2019

Tokyo young story 5

「桃子、今まで、一体どこにいたの?」

お茶の間の机で、桃子の母と妹は聞いた。

「えっと‥。生きてた。」

「生きていた?どこで?」

「忘れちゃった。」

妹の早苗が聞いた。

「そこに戻らなくていいの?」

「うん。神様の導きで戻ってきたんだから。」

 

「5年前、お姉ちゃんが交通事故で亡くなってから、家はいろいろあったんだよ。私、変な人と結婚しちゃって、もう子供がいるの。」

「ええ?」

「でも、もう2人の事を捨ててくる。一緒に暮らそう。」

 

「うん。」

桃子はにっこりと笑った。

桃子は29才。5年前に他界したが、また舞い戻った。

 

桃子は綺麗な女性で、桃子が事故死した事で、周りの男たちは自暴自棄になり、みんな変な女と結婚して、子供を設けた。

でも、桃子が舞い戻ったことは噂になり、みんな、家庭という物にやる気をなくしてしまった。

お母さんが聞いた。

「桃子、良い仕事見つかった?」

「うん。カフェで働くことにした。」

 

桃子はカフェで働き始めた。

「えーと、オレンジジュース一つで、いいかな?」

「かしこまりました。」

注文をしたのは、近藤君久だ。

君久は、国家公務員という職を離れ、長野で働いている。

 

君久は、オレンジジュースを飲みながら、働く桃子を見つめた。

そして、落ち込んだ。『自分に、もう家族がいるなんて‥。』

 

「桃子さん、俺、もう結婚しちゃったんだよ。」

桃子の旧友の山口マサルが話しかけた。

「そうですか。でも、結婚は大事な事ですから。」

桃子は言った。

 

 

「いらっしゃいませー!いらっしゃいませー!」

東京のデパートで働く慧は、ハッピを着て、大声を出していた。

今では慣れてきたが、接客業の仕事前の発声というのは、少し異常なものを感じた。

東京でお洒落に働きたいのに、なぜ、こんな事をやらされるのだろうか?

「俺は劇団員じゃないぞ。」

慧は、接客用語の紙をくしゃっとした。

 

お得意様のお嬢様が買い物に来ると、慧が始終、付き合ったり、出口まで荷物持ちをするのは、耐えられない事だった。

 

この日、桃子は、東京に来ていた。

慧は、桃子を見て、綺麗なお嬢さんだなと思った。

いつもの気持ちの悪いお嬢様よりも上品だし、もっと上のお家の方かもしれない。

「あの‥。」

慧は、桃子に話しかけた。

「はい?」

「何かお探しですか?」

「スカーフを買いたいんですけど‥。」

「スカーフでしたら、こちらです。」

慧が案内してくれたが、桃子が思うより、高価な物だった。

慧は、桃子にスカーフを当てたりした。

 

桃子は愛想笑いをし、慧も売るのはやめることにした。

慧に他の客が話しかけたので、桃子はふらふらと立ち去り、慧は後ろ姿を見つめた。

 

東京の本屋に来た時、桃子は君久を見かけた。

桃子も君久のことは気になっていて、仲良くなれそうだなと思っていたので、君久に家族がいる事は、残念に思った。

君久は、大学時代に面倒を見ていた女の子達に会い、優しい言葉と笑顔を浮かべた。

女の子達は、国家のために、君久が別の人と結婚したと思い込んでいる。

 

鷹雄と一郎と秀は、久しぶりに、慧と優斗と君久とジアを呼んで、食事をすることにした。

今回は3人のおごりで、少し良い店を予約してある。

 

君久が、変な女と結婚した時は辛かった。結婚は大切な事だが、ファンが多い自分達が出来る事ではないので、君久が犠牲になったと思うと涙が出た。

ジアは治療のかいがあり、歩けるようになった今、盲学校の教師を始めた。

 

7人は世間話や近況報告をして、とても和やかな時間を過ごした。

現在、7人は、37才である。

でも、見た目は、とても若い。自分の時計が止まっているかのようだった。

 

慧は、桃子に吸い寄せられるように長野の町に行き、案の定、桃子を見つけた。

桃子には、夢で何度も会っているような気がしていた。

 

仕事を失敗して泣いている桃子を見つけ、話をした。

慧は、桃子の手を握り、言った。

「僕と付き合いませんか?」

 

桃子は一瞬、空を見た。

冬の始まりの美しい碧空を、今でも覚えている。

 

桃子は、死んでからの間、どこで誰と過ごしていたのか、はっきりと分かっていた。

もう戻ることが出来ない事もわかっていた。

そして、自分が死ぬ前に、誰のことが好きで、自分が何をしていたのか、分かっていた。

 

次郎は鋭い目をして、桃子を見ている。桃子は次郎が好きだったが、素直になれなかった。

絶対にここで会いたいという公園で、桃子は、次郎に告白の練習をした。

 

その後、桃子は車にはねられたのだ。不良の小僧が運転する車だった。

小僧が桃子に土下座したのを覚えている。きっと、スナックの女の人に相手にされず、むしゃくしゃしていたのだろう。

桃子は、恋について、あまり出来なかったので、切なく思った。

 

慧の手を温かく、人間味を感じた。でも、慧の顔は人間顔ではなかった。

なんとなく、本物の肉体でない感じがする。

でも、それならそれで、一度死んだ人間が付き合うには、もってこいの男のように感じた。

 

慧と桃子は、付き合うこととなった。

慧はまだ、東京での仕事が残っている。桃子のために、この町に慧が引っ越してくるのは、大それた事に感じた。

 

「お姉ちゃんって、彼氏いる?」

早苗が聞いた。

「うん。」

「えっ、どんな人?」

「東京で働いているんだけど、こっちに引っ越してくるんだ。」

そう言うと、お母さんはニコニコとした。

 

桃子は、次郎を想うと胸が痛んだ。でも今は、お互いに幸せになる必要があると思った。

次郎が、桃子を想ってくれている事を分かっていたが、もしも、次郎が、桃子が知らない所で、女の人と会ったり、嫌な人間だったのなら、嫌いになれるので、楽だと思った。

 

慧は、本当にこっちに引っ越して来た。

鷹雄たちに何も言うつもりはなかったが、東京から出て行く寸前で、鷹雄と一郎と秀に出くわしてしまい、恋人のために長野の町に引っ越すことを打ち明けた。

3人は息を飲んだが、赦すしかなかった。

でも、3人とも、恋に本気になる慧の事が、なんだか恥ずかしくて、泣いてしまった。

それほどまでに、3人は、アニメに恋をしていた。

 

優斗もジアも、夜、布団で大泣きした。なんとなく、慧がやる事が哀しかった。

 

何度か、この町に足を運んでいたが、引っ越してみると、確信した。

『長野に住んでいる。』と言っていた君久は、この町に住んでいる。

慧は気まずいと思い、冷や汗が出た。

昔から、好きになるタイプが同じだったので、慧が本気で惚れている桃子の事も、気になっていると思った。

慧は、メモ帳に書いた。

『君、モモ子』

君久の前で、桃子と仲良くしない約束だ。

 

 

5年もの間、死んでいたので、仕方ないが、桃子は何もできなかった。

日本一になる、世界一になるというのは、どんな感じだろう?

この前、カフェに、オリンピックで金メダルをとった体操の足立選手が来たのだ。

いつものようにカフェに来た君久と、挨拶を交わしていたので、桃子は安心した。

近くにスポーツの強豪高校があるので、ジャージ姿の若者がよく来る。

 

当然のように、世界に出るという事は、どんな感覚なのだろうか?

 

慧との待ち合わせ場所は、もう閉まって暗い市立図書館の前だ。

少し危ない気もするが、桃子は、真っ暗な図書館の前で、座って、慧を待った。

 

中古でも綺麗な青い車が、黄色のライトを光らせて、こちらに来た。

バン

慧が降りてきた時、桃子は、世界一について、まだ考えていた。

内心、『慧も日本一にも、世界一にもなっていないから、可哀想。』と思った。

 

「ごめん、待った?」

「いいえ、そこまでは待っていないわ。」

 

慧は、先に歩いて、少し切なくなった。

高校生の頃、こういう暗い場所で、彼女と遅くまで一緒にいたものだ。

桃子は、大人だし、大人の行動をして、良い子に後ろについてきている。

桃子は29才とはいえ、自分達は付き合っているのだから、少しは袖を引いて、キスをねだってもいいと思った。

 

桃子がお気に入りのファミレスで食事をする。食事代は割り勘だ。

慧はもう、37才なので、親父が店主の古くさい食堂が好きだったが、この前、桃子を連れて行ったら、キョロキョロとして、少し合わないようだった。

 

でも、その食堂で、慧はビールを頼み、桃子に、37才らしい会話ができたと思う。

多少、桃子は引いていた。でも、これが今の慧には向いているし、少し嬉しかった。

 

慧は、酔いに任せて、慧は、桃子に、初めてのキスをして、ハグをした。

桃子はびっくりしている感じだった。

でも、素直な感じだったので、慧は安心したし、嬉しかった。

 

 

日本一や世界一には、慧は、若い頃はよく憧れていた。

鷹雄たちは、アニメを作っていて、いつかは世界一になれそうだ。

優斗は、新聞社に勤めているので、世界一に近い場所にいる。

 

「結局、俺には、能力が足りないんだよな。」

東京にいた頃、慧は、狭いアパートの窓辺で、タバコをふかした。

何度も、ヤクザになり切って、怒鳴ろうとした。でも、周りに迷惑になるので、心の中で怒鳴った。

一度、声が出てしまって、すぐに隣人がドアをノックした。

それ以来、ヤクザになり切る時は、手で口を抑えることにした。

 

「信じられないだろ?デパートのクソ良い男が、こんなボロアパートに住んでいるなんてさ。」

慧は、タバコを持って、ボロアパートから、外を眺めた。

 

銀行に貯金に行くとき、スーツや、上品な服を着て行った。

慧は営業スマイルで、定期預金の相談をした。

さすがに、インフルエンザの時は無理だった。

ハンテンのまま、タクシーに乗り込み、病院のベンチで、口を抑えて咳をした。

 

鷹雄たちはすごい仕事をしていたが、ジアや、仕事がギリギリの君久もいる。

だから、安心した。障害があるジアは、何よりの希望そのものだった。

そんな事を言っては、いけないかもしれない。

でも、劣等感を抑えて生きてこられたのも、全ては、ジアのおかげだったのだ。

 

20代の頃は、美男コンテストなどのチラシが入ってきて、少しどうしようか迷った。

もしかしたら、日本一になれる。でも、やめた。日本一になる事は、ものすごく、社会に対して、気まずい事のように思った。

 

慧は、OLさんに誘われて、食事をしたりした。

流れに身をまかせて、ホテルに行くのも、悪くはなかったが、慧は愛想笑いで断った。

デートの後は、無性に辛くなるのも、嫌だった。

 

『俺、国家公務員をやめることにするよ。』

君久は、夢の中で、慧に言い、ハグをした。

こういう事が出来る君久は、一流の人間なんだなと思ったが、君久が、変な女性と結婚すると言った時は、心底落ち込んだ。

確か‥、5年前くらいのことだ。

もしかしたら、桃子が関係していると思うと、寒気がして、桃子を乗せて信号待ちをしながら、慧は腕をさすった。

 

慧も桃子も、デートの後、家に戻ると、幸福だが、満足できていない感覚になった。

そして、お互い、一人でデートの続きをした。

 

実際会っている時よりも、慧と桃子は、夢の中での方が、いろいろな話が出来ていた。

「お前が、死んでいたなんて、嘘だよなぁ?」

夢の中で、慧は、桃子の髪の毛をなでた。

 

「本当よ。」

「それじゃあ、今までは、どこにいたの?」

「男の人と暮らしていたわ。」

「えっ‥。」

慧は息を飲み、桃子は笑った。こういう話は、実際に会っている時には、よくできていない。

慧の布団でも、一緒に寝たりした。夢の中での事が、印象的すぎて、2人の関係は、実際はそんなに進んでいなかった。

 

慧と桃子は、また、古くさい食堂に来た。

慧が聞いた。

「ビール飲む?」

「いいえ。私、お酒は苦手なのよ。」

「へぇ、意外なんだね。」

 

「うん。でも私は、あと1カ月で30才になる。ようやく29才って感じがしてきたのに‥。」

「30才になるまでに、完璧な29才になれれば、それでいいんだよ。」

慧は笑った。

 

「あっ、いけね。」

車の所に来て、慧が言った。

「車だったの、忘れてた。‥桃子さ、運転できる?」

「うん。免許も持ってるし。」

 

桃子が、慧の車を運転して、暗い山道を走り出した。

「あれ‥。あの人影なんだろう?」

「バックする?」

 

「あぶねっ。」

桃子が、スピードを出して、バックをしたので、慧は声を出した。

 

「お爺さんだ。」

夜道に立っていたのは、老人だった。慧は車を降り、声をかけた。

「お爺さん、大丈夫ですか?」

「うん‥。」

「どうして、こんな場所に1人でいるんですか?」

 

「え‥?」

老人は、突然立ち上がり、放尿を始めた。

 

「うわぁ!!」

慧は車に戻り、言った。

「桃子、すぐに車を出してくれ。」

「わかった。」

 

「ふぅ~。さっきのびっくりしたな。」

「うん。少しびっくりした。」

「少しどころじゃないだろ。」

 

家の近くまで来て、慧が言った。

「あ‥。俺たちさ、遠出した事ないだろ?今度、2人で東京に行かないか?俺たちが、初めて会った場所だし。」

 

 

東京では、鷹雄と秀と一郎と優斗とジアが、カフェで話していた。

鷹雄が言った。

「結局、いつものメンバーだよなぁ。」

「仕方ないじゃん。みんな忙しいんだし。」

秀が言った。

 

「でもさ、また7人で、何かやりたいよな?」

「もう無理ですよ。慧は恋人がいるし、君久君なんか、あんなに大変な女性と結婚してしまったのだから。」

一郎が言った。

 

「君久君は、大学のアイドルだったのに、信じられないよ!」

優斗が言った。

「そうだよなぁ。」

鷹雄が言い、秀がアニメ関係の事で、鷹雄に何かたずねた。

優斗が聞いた。

「○○って何のこと?」

「新しい企画の事だよ。ずいぶんと張り切ってくれている人がいる。」

「でも、誰かが頑張らないと、何事も成功しませんから。」

 

「うん。だけど、僕たちの仕事は、夢を与える仕事だからね?自分の人生に大きな負担をかけて、仕事をしないといけない。」

「どんな仕事でも、人生の負担になる。」

ジアが言った。

「うん、まぁ、そうなんだけどぉ。」

 

優斗が聞いた。

「つまり、君たちの仕事は、結婚したら、終わりなのかい?」

「そんなわけないさ。でも‥。」

「うん、結婚するのは無理だよな?」

鷹雄と秀が言った。

 

一郎が言った。

「それなら、僕はいつか、会社をやめるだろう。最近、明代さんと会っているんだ。」

「ええ?会っている?」

「うん、おそらく、付き合う事になると思う。」

 

「ええっ。」

4人は驚いた。

「でも、よかったねぇ。ついに、愛が結ばれるんだ。」

「うん‥。今までありがとうね。」

「いやいや、まだ僕たちとお別れってわけじゃないんだから。」

 

 

桃子と慧は、東京に来た。スポーツの強豪高校に、『日本一おめでとう』の垂れ幕がかかっている。桃子はうっとりとして、日本一の文字を眺めた。

慧は、少し顔をしかめて、桃子を見た。

『もう29才なんだから、日本一を目指すなんて、無理だぜ?』

 

『まぁ、俺にとっては、桃子は世界一だけどね。』

 

―俺だって、美男コンテストで日本一になれたんだぜ。

その言葉は、はっきりと、慧の心に響かなかったが、ふと思い、ハッとして、周りを見た。

人が多く、緑がない東京に来て、精神が一瞬にして、やられはじめているのを感じた。

 

桃子は、うつむいて、何かの考え事をしながら、歩いている。

2人は電車に乗り、銀座に移動した。

途中、駅に鷹雄たちがいて、電車の中の慧は、目をそらした。

 

「慧?!」

「えー、彼女、超かわいいんですけど!」

秀と優斗と一郎とジアが、大きな声を出した。

鷹雄は、桃子をじっと見た。

『似ている。』

 

まるで、桃子を運命の相手かのように感じてしまった。

光子になんとなく似ていたのだ。

「28才の頃の光子ちゃんに、どことなく似ていたよね。」

秀が鷹雄に言った。

「まさか、光子ちゃんが、小学生まで戻ってしまうなんて、信じられないよな。」

優斗が言った。

 

「ああ。きっと、藤倉さんが亡くなった時に、光子は一度死んだんだよ。」

 

「まぁ、元気出してよ。」

秀が言った。

 

銀座では、日ごろのストレスと、久しぶりの東京で少しだけ精神がいかれた君久が、ドレス店で、ダンス衣装を見ていた。

君久は、社交ダンスをテレビでしか見た事がないのに、一人で社交ダンスのステップを踏んだ。店員が声をかけた。

「お上手なんですね。」

「いえ。」

 

君久は、タキシードを試着したりした。

「お似合いですよ。こちらのタキシードは、30万円になりますが、一生物です。いかがですか?今なら、こちらの白い手袋をお付けできます。」

「あー、どうしようかなぁ。」

「あっ、そうだ。今日、15日だから、5パーセントオフになりますわ。大変お買い得ですが、いかがでしょうか。」

 

「うーん。今日はやめておく。」

「そうですか‥。また、いつでもいらしてください。」

 

ハナから、タキシードを買うつもりはなかった。役者やダンサーが通う、銀座の衣装屋はどんな感じか、気になって来ただけだ。買うつもりはないのに、サイズまで図られて、まんまと乗せられるところだった。

 

「ローンを組まされる所だったな。」

銀座のカフェに座り、君久はつぶやいた。

「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーです。」

作り笑いの男の店員が、ブレンドコーヒーを持ってきた。

 

「あれ?僕、ビスケットなんて、頼んだかな?」

「こちらはサービスになります。」

「ええ?ありがとう。」

「ごゆっくりどうぞ。」

 

銀座のカフェの客は、金持ちそうだ。君久も昔はお金持ちの家だったことを思い出して、目を落とした。両親とは、最近会っていない。

男の店員は、常連客に挨拶をした。

「毎日カフェに来ているなんて、暇だよな。」

君久は、コーヒーを飲み、にやにやした。

 

「それにしても、ミサエと早く別れたいよ。」

君久はつぶやき、ふと、他のテーブルを見ると、若そうな女性の2人組と目が合ってしまった。

女性の2人組は、ラグビーの国際試合のTシャツを着ている。

「あれはないよねー。」

「あいつは、偉そうすぎる。」

どうやら、2人は、ラグビーの国際試合のスタッフをしているらしい。

今は、選手の悪口を言っているところみたいだ。

 

君久は、2階の窓際の席で、銀座の街を行く人々を見ながら、ぼんやりとした。

 

女は、国際試合の準備の会議に出て、一流の役人たちと話をする。

そして、歯を食いしばって、ボロ団地に戻る。

ラグビーの一流選手と話をする。

時には文句も言う。そして、歯を食いしばって、ボロ団地に戻る。

 

「この空想は、可哀想すぎるよな。」

君久は、女2人組を見た。

「でも、いつか、君たちを、助けてあげる。」

そう思うと、君久は、元気になった。

 

桃子と慧は、銀座の街を並んで歩いた。

慧は、なんとなく、東京にいた頃の知り合いを探してしまった。

桃子は、世界一の事で、頭がいっぱいだった。

『あはは、世界一よ。』

桃子は、空想の中で、新体操や、フィギュアスケートの選手になった。

エベレスト登頂に成功したり、世界一のケーキを作ったりした。

『私、世界一よ。』

 

君久は、本屋に入り、政治の本を探していた。政治家になろうと、今日決めたのだ。

だから、慧と桃子には気づかなかった。

 

「桃子、CDショップ入ってもいい?」

「いいわよ。」

「東京のCDショップにはさ、長野にはないCDも置いているんだぜ。」

「へぇぇ。でも、私、そんなに音楽聴かないから。」

「おかしいな。じゃあ、いつも、BGMはなしかい?」

「ラジオを聴いているわ。昔の知り合いが、ラジオ局に勤めているのよ。」

「へぇぇ。そうなのかい?その人、なんて名前だい?」

「山田次郎さん。昔のボーイフレンドよ。」

 

「ボーイフレンド?へぇぇ、桃子にも、そういう人がいたんだ?」

「別に付き合ってはないわ。」

『うっざ。』

慧は心の中で思い、ニヤニヤした。

 

「シドビシャスって、かっこいいよな。」

慧は、シドのCDを手に取り、言った。

「そうかしら?」

「うん。シドの歌声はしびれるぜ、聴いてみろよ。」

「結構よ。それに、ラジオで流れていれば、もう聴いているわ。」

 

「まぁ、すでに、流れているさ。シドのバンドは、世界的に有名だもん。」

「慧ちゃんって、パンクが好きなのね‥。」

「うん。」

 

「私、これ、買ってみようかしら?」

桃子が手に取ったのは、『北アルプスの少女ハッピー』のサウンドトラックだった。

 

桃子はCDを買い、嬉しそうに笑っている。

CDショップから出た慧が言った。

「桃子、北アルプスの少女ハッピーが好きなんだ?」

「ええ、そうなの。私、ビデオで見ているのよ。」

「へぇぇ、そう。俺ね、北アルプスの少女ハッピーを作っている人達と知り合いなんだぜ。」

「ええ、そうなの?」

 

慧は、鷹雄たちの事を話した。

桃子は、うっとりとして、空想をした。

『私、世界一のアニメーターよ!』

 

『まずは、漫画だよね。』

桃子は、思った。

「あの本屋、よってもいい?」

「うん、いいぜ。」

 

慧は、興味があるバイクや車のコーナーを見た。少し体が疲れて、重くなってきたのを感じた。そうなるのが、長野にいる時より、早い気がした。やっぱり、東京だからだろうか?

あんなに好きな街だったのに、緑のある景色に慣れてしまうと、酷な街だった。

 

しかし、人から人へとつながるエネルギーは大きい。それは、人々が、東京の虜になる理由の一つだろうか?

 

桃子は、漫画や絵の描き方の本を見ていた。こういう本は、長野にはなさそうなので、買うことにした。

 

「桃子、絵に興味あるんだ?」

慧が来た。『絵ならまだ、できそうだな。』

「うん。何か特技を見つけたいから。」

 

「裁縫とかは?」

「お裁縫よりも、絵の方が、簡単そう。刃物を持たないでしょ。」

「あ、そっか。」

 

桃子は本を買い、2人は本屋を出た。

「でも、料理をする時に、包丁を持つだろう?」

「うん。でも、結構、無理してやっているのよ。私、刃物が苦手だから。」

「そうだったんだ。でも、料理できるのなら、今度、何か、作ってくれよ。」

「いいわよ。慧ちゃんの部屋も、見てみたいし。」

 

慧は少し赤くなり、ドキドキした。

こういうのが、本物の恋の順番なのだろう。

 

次の日から、仕事だった。

楽しんだ次の日は、狙ったように、嫌な仕事が回ってくる。でも、なんとかなった。

 

しかし、桃子のカフェに、10人ものグループの客が入って、桃子は上手く、注文を受けられなかった。桃子は、泣きそうになったが、慧のことを想うと、なんとか耐えられた。

難しい客はいるものだ。でも、店員に迷惑をかけるのは、罪になる。

 

その頃、君久は、妻のミサエと喧嘩していた。ミサエが、保育園に通う息子、武の遠足のお弁当を作り忘れたのだ。

君久は、喧嘩の最中、ずっと芝居をした。本物の役者が通う衣装屋に行ったので、魂を分けてもらえたかもしれない。

「もう別れようよ。」

「嫌よ!君ちゃんと別れるなんて、絶対無理だからね!」

ミサエは、君久に向かってきた。

肩を支えようと両手を構えるが、体がスルーしてしまう。本当に限界だと思った。

家の中にいる時に、下着姿のまま、ベランダを向いて座り、ビールを飲む瞬間が、君久は一番リラックスできた。あとは、仕事をしている時が、リラックスする。

それは、相当ヤバい状態だなと思う。自分はよくても、周りに迷惑をかけている可能性があるからだ。職場にいてリラックスするのは、よくないなと、君久も感じていた。

 

 

休日、桃子と慧は、スーパーに行き、材料を買った。

「カレーでもいいかな?」

「うん、俺、ちょうど、カレー食べたかったんだよ。」

「よかった。」

 

「どうぞ。」

「おじゃまします。」

 

「狭いけど、ゆっくりして。」

「へぇ~、結構きれいにしているのね。」

慧の部屋には、飛行機の模型や、シドヴィシャスのポスターが貼ってあった。

 

「おまたせ。」

桃子がカレーを持ってきた。

「わぁぁ、美味しそうだ。」

 

「桃子、特技、見つかった?」

カレーを食べ終わり、お茶を飲みながら、慧が聞いた。

「漫画を描いてみるわ。」

「へぇぇ、絵は描けるのかい?」

「うん。描いてみたら、結構できたのよ。少し練習して、描いてみるわ。」

「いつか、出版できるといいな。」

「うん。」

2人はしばらくの間、テレビを観た。

 

「あ‥、そうだ。」

慧は、北海道の本に手を伸ばした。

「俺、しばらくの間、会社の関係で北海道に行く事になったんだよ。」

「へぇ‥。」

「たったの一ヶ月だけどね。その間は会えなくなるけど。」

「わかった。大丈夫よ。」

慧は、37才だし、今まで東京にいて、社会についてよく知っていたので、会社の中でも信頼されていた。

 

慧が北海道に旅立ち、桃子はカフェの仕事を頑張った。

『素敵なOLさん。』

でも、そのOLはツンツンした態度をとっていた。

でも、桃子は、気にしていないように笑顔で、コーヒーを運んだ。

 

コーヒーを運ぶのは難しい。でも、桃子ができたのは、やっぱり才能なのかもしれない。

カフェやレストランのウェイトレスの仕事は、バランス能力や体が大事だと思う。

 

君久がカフェに来た。少しため息をついて、今日はサラダセットを注文した。

最近はずっと政治の本を読んで、勉強している。

ミサエと別れることができれば、すぐにでも、政治塾に入るつもりだった。

 

君久は、ウェイターの仕事をした事がなかったし、ウェイターの仕事が難しいかどうかなんて、考えたこともなかった。みんな、好きだからやっていると思った。

桃子がサラダセットを運んできたので、笑顔で「ありがとう。」と言った。

ミサエとの日々は大変だったが、本物の夢を見つけてから、君久は少し強くなった。

 

ラジオ局に働く次郎も、カフェにやってきた。

業界人らしく、ブランド品の服を着ている。

ラテを注文して、桃子は、若い子に運ばせた。

 

次郎は、桃子を見て、ニヤニヤと笑っている。

桃子の事が好きな男たちが、ここぞとばかりに、カフェに来た。

 

休日、桃子は、一人で上高地に行くことにした。

上高地行きのバスの中から、次郎を見かけた。

『次郎さん、素敵だな。』

 

「あれ?桃子ちゃん?」

「奇遇ね、次郎さん。」

2人は、美しい上高地を歩く。

 

上高地の清々しい風に吹かれ、桃子は、胸に手を当てた。

「そんな事は、起きてほしくないわ。」

桃子は言い、一人で明神池を目指すことにした。

 

 

夏の上高地は最高だった。バスの待ち時間に、観光パンフレットを見ると、今度、長野で音楽フェスティバルがある事が分かった。

代表者が、山田次郎となっている。

 

「次郎さんがフェスティバルの代表を?」

桃子は、音楽フェスティバルのパンフレットを見て、嬉しそうに笑った。

 

でも、次郎本人としては、とても大変な事だった。

20才になってから、音楽に興味を持ち、勉強をして、歌も書いてみた。

努力のかいがあり、26才でラジオ局に入社した。

たくさんの洋楽を聴いて、邦楽がどんなに遅れているか分かった。

日本の音楽を盛り上げるためには、盛り上がる場所が必要だった。

しかし、音楽の奴らときたら、音楽を作るにしか興味がなくて、自分達でライブを開く気が全くなかった。

 

日取りを決め、場所を抑える。そして、アーティストを呼ぶ。

場所を抑えるだけでも大変だったのに、アーティストに声をかけると、嫌な顔をされた。

『だったら、自分でやれ。』

次郎は、汗をかいたが、営業スマイルで、アーティストとの契約をとった。

 

それぞれのアーティストが、どんな歌を歌うのか、紙が送られてきた。

「この子と、この子は、微妙かな。」

アーティスト名を見て、次郎は、赤ペンでチェックをした。

そして、CDショップに行き、CDを買い、歌をチェックする事にした。

すると、先ほど、微妙だと思い、チェックした子達が、一番すごいという事が分かった。

でも、最高ではなかった。

 

内心、もしかしたら、洋楽をたくさん聴いている自分が書いた歌の方が上かもなと思ったが、聴いてみると、そんな事もなかった。

「どうして、こんなサウンドを作れるんだろう?」

次郎は、古いマンションの和室で、横になった。

 

少し寝てしまい、起きるとまだ午後4時だった。

「まだ大丈夫かな‥。」

次郎は、ギターを弾いて、歌を歌ってみた。

自分の歌を歌う時は、少し照れてしまう。

午後5時には、演奏をやめた。

 

それでも、午後8時まで、ゴロゴロしながら、空想にふけった。

ボールペンを持ち、ドラムをたたくふりをしてみた。

「これ、すごい曲だよ。」

『Beautiful Star』

 

今まで、心の中にあった音楽が、世界に出回っている気がした。

そして、次郎自身が、この古いマンションから、奇跡のライブを作っている感じもした。

だからこそ、ラジオ局という、良い職場をもらえたのだと思う。

 

次郎は、有名な歌の歌詞は、全て暗記している。休日は、3時間は空想して過ごす。

この事が、素晴らしき音楽の魔法を動かしている。

だから、次郎は、褒美をもらっている。

 

でも、完璧に幸せなわけじゃない。桃子の事がほしいと思う事もある。

それだけじゃない。東京やNYに行って、お洒落な生活をしたい。

 

だけど、今の調子がちょうどいいのかもしれない。

今の調子を気に入った時、さらに幸福になれる気がした。

 

それなりの給料をもらっているので、NYに旅行する事だって、簡単にできる。

 

 

北海道から戻った慧は、桃子の家にお土産を持って行った。

桃子は仕事でいない事は知っていた。

 

ピンポーン

「はいはい~。」

「こんにちは、僕は、桃子さんとお付き合いしている、高井慧と申します。」

 

「ええ~!!」

「お姉ちゃんと付き合っているんですかぁ?」

「はい。いつもお世話になっております。」

 

「いえ、こちらこそ‥。」

「お父さーん!」

「お姉ちゃんの彼氏だってよぉ。」

「それは、それは、いつも、桃子がお世話になっております。」

「いえ‥僕は‥。」

 

「結婚するんですか?」

早苗が聞いた。

「まだ、最近、付き合い始めたばかりなので‥。」

「そんな事言わずに、これからもよろしくお願いしますね。」

「はい。」

「アハハハハ!」

桃子の家族は笑っていた。

『うまくいった。』と思い、慧は笑った。

 

慧と桃子は、次郎の主宰する音楽フェスティバルに来た。

こういう人がたくさん集まるフェスティバルというのは、『微妙だった。』という感想が一番言われるものである。

だから、気合を入れる必要があった。

でも、アーティストの皆さんも、素晴らしい曲を用意してくれたし、次郎も、自分の曲を新人バンドに歌わせて、盛り上げたので、フェスティバルは大成功だった。

 

 

一方、君久とミサエはうまくいってなかった。

君久は、自分の部屋で、懐中電灯をたよりに、毎晩遅くまで政治の勉強をした。

灯りをつけると、ミサエにうるさく言われるのだ。

 

武の事も、ストレスになってしまったのは、困った事だった。

1時間ほど寝て、政治の勉強をしようと思った矢先、武は絵本を持ってくる。

子供にとって、絵本はとても大切な物なので、君久は優しく読み聞かせをした。

武は、そのまま寝てしまう事もある。

 

ミサエが、君久の部屋をのぞき、君久は武を指した。

「そのままでいいでしょ。」

「ダメ、よくない。」

 

「はーあ。」

ミサエはため息をつき、武を運んでいった。

もう5才の武を運べるミサエはすごいと思った。

でも、ミサエが不機嫌なのは、若い男に自分が相手にされない事なのだろうか?

 

それを想うと、君久は、やるせない気持ちになり、オレンジ色の豆電球を見つめた。

 

君久は、政治家になれるかの賭けとして、ろうそくの灯りで本を読んでみる事にした。

簡単な呪いだ。

ろうそくの火を、安全に保てるかという事だけだ。

それを1年続けてやろうと、君久は決めた。

 

ミサエとの関係がうまくいっていないのに、ミサエの両親とレストランで食事をしたのは、気まずい事だった。武も、がんばってご飯を食べている感じがした。

 

次の日の仕事では、誰かがミスを運んできたかのように、君久は、会社でミスをしてしまった。取引先に謝罪に行かなければならない。

「僕、一人で行ってきます。」

君久は、オーバーを羽織った。

「いや、君一人じゃ、まだ無理だから。」

課長と係長が、仕度を始めた。

『まだ無理だから。』

その言葉は、子供扱いされているような気がした。

でも、君久は、涙をこらえ、デスクに座った。

 

『政治家になるのは無理かもな。』

その日、家に戻ったのは、夜遅くだった。

今月貯金する分を使って、居酒屋に行ったのだ。

 

次の日も、その次も、仕事は気まずく、涙もこぼれるほどだったが、君久は耐えた。

政治家になろうと心は燃えているが、年をとった自分は醜かった。

 

それでも、ある日、転機が訪れる。

それは、悪い物だった。

 

仕事が休みだった君久は、武を迎えに行った。

机の上に、お菓子が2つ置いてある。

『食べてね♡』ミサエの文字で、メモが置いてあった。

チョコレートとプレーンのマドレーヌのようだ。

 

「どうする?」

君久が、武に聞いた。

「僕、白い方がいい。」

「ええ?でも、武は、チョコレートが好きなんだろ?」

「うん。でも、今日は、これがいい。」

「ダメ。プレーンは、パパのだから。」

君久は言い、武に、チョコレートのマドレーヌを食べさせた。

プレーンは、自分の部屋に隠した。

 

武は、すぐに眠りについた。一応、呼吸を確認する。気持ちよさそうなので、きっと大丈夫だ。

 

夜、ミサエが帰ってきた。

「武、大丈夫だった?」

「うん。このマドレーヌなんだよ?こういう事、しちゃだめだろ?」

「何言ってんの?こんなの、ただのお菓子じゃないの。」

 

「いらないから、ミサエにあげるよ。」

「じゃあ、そこに置いておいて。」

 

君久は、武を抱き、眠りについた。

 

「おえっ、おえっ。」

明け方、ミサエは、マドレーヌを口にして、嘔吐した。

それは、ミサエ本人が仕込んだ毒入りお菓子だったのだ。

その声を聞いた気がしたが、君久は、無視して、眠り続けた。

 

朝8時。君久は、部屋でぐったりとしたミサエを発見して、救急車を呼んだ。

お菓子の事は話さなかった。

そもそも、君久自身、毒入りお菓子とは、確信していなかった。

 

お葬式に、鷹雄たちが来て、君久をじっと見た。

もしかしたら、君久が殺したんじゃないかと誰もが思った。

 

「じゃあさ、奥さんと話し合って、別れればよかったじゃないか。」

鷹雄は思わず、家に帰り、誰もいない部屋で、君久に説教をしてしまった。

ちょうど、君久をモデルにした漫画を描いていたのだ。

鷹雄は、目をこすり、再びその漫画を描き始めた。

 

君久は、武を引き取ることにした。

 

そして、数か月後、君久は、政治塾に応募して、入る事になった。

 

「たのもー!」

君久は、大きな声で言い、政治塾に入った。

みんなが、にこにこと笑う君久を、じろじろと見たが、君久は気にならなかった。

『政治家として、絶対にうまくやっていける。』

君久は、確信した。

 

 

『桃子へ。出会ってから、今までいろいろあったけど、俺は、桃子といる時が一番幸せだ。

だから、ずっと一緒にいたい。これは俺のわがままだけど‥。

桃子、俺と結婚してくれないか?』

慧は、桃子に手紙を書いた。

「いや、やっぱり、やめておこう。」

慧は、手紙を丸めた。

 

プロポーズのために、指輪を買おうと思ったが、物でつるのは悪いと思った。

ドライブをして、綺麗な夜景の所で言う事にした。

一生物の出来事だからだ。

 

いつものように、桃子が好きなファミレスで食事をした。

桃子も、慧といるのは楽しかったし、少しお金はかかるけど、美味しい物が食べられるのと、話を聞いてもらえるのはよかった。

 

「結婚する?」

と、軽々しく口に出すのは、大人の恋愛において、マナー違反になる。

子供を産めなくなる年齢でも、ダンボを見て、コウノトリについての理解を深めるべきだ。

 

車に乗り、慧は言った。

「今日は、夜景を見て、帰ろうぜ。」

「うん。」

 

慧は、軽い山道を、運転した。

マジックアワーの景色は、白い灯りがとても目立って、真夜中よりも美しい感じがする。

 

バン

慧と桃子は車を降りた。

桃子は、夜景を見た。

慧が、桃子の隣に行き、言った。

「桃子と俺さ、出会ってから、まだ1年もたってないだろ?」

「ええ、そうね。」

「だから、言うのは早いと思ったんだけどさ、俺たち、いつか、結婚しないか?」

「うん、いいわよ。」

「本当?」

「もちろん。ありがたいわ。」

「まぁ、いつかだけどな。付き合って、半年くらいしかたっていないし。」

 

「指輪、用意してなくて、ごめんな。」

 

車に乗り込み、桃子が言った。

「でも、3年は付き合わないと、お母さんが結婚はダメだって言ってた。」

「そっか。時間の事は‥、すぎるのを待つしかないよな。」

「うん。」

 

 

鷹雄たちとジアは、仕事が終わり、自分たちの会社で、下絵を見ながら、話していた。

ピンポーン

「優斗かな。」

「こんばんは。久しぶりだね。」

「うん。麻原君は、まだ来ていないんだよ。」

 

「優斗、久しぶり。ミサエさんのお葬式以来だね。」

「うん。あれ以来、僕も落ち込んじゃって。」

 

「ミサエさんの事さぁ、きっと君久が殺したんだろうな。」

秀が言った。

「うん。正直、僕もそう思ってるよ。」

鷹雄が答えた。

 

「多分、強く押したんだよ。」

「それか、毒だな。」

 

「君久は、今、何をやっているんだろう?」

 

ピンポーン

「麻原君かな。」

「こんばんは。遅くなってすまないね。君久も一緒なんだけど、いいかな?」

 

鷹雄たち5人は、赤くなって、うなだれた。

君久は言った。

「突然来ちゃって、ごめんね。」

「いや、いいよ。」

「奥さんが亡くなってから、大変だろ?」

「ううん。俺さ、政治塾に入ったんだよ。ミサエが生きている頃から、政治の勉強がしたかったんだよね。」

君久が言うと、鷹雄たち5人は目を合わせて、軽く舌打ちをした。

「何だよ、その怒った感じはさ。」

昭介が言った。

 

「いや‥。君久が、ミサエさんを殺したんじゃないの?」

「まさか。俺が殺すわけない。」

「じゃあ、なぜ、死んだんだよ。」

「いや‥、朝起きたら、ミサエが部屋でぐったりしていたんだ。」

「へぇ‥。」

鷹雄たち4人は、目を合わせた。

「変な取り調べみたいな事はやめろよ。」

昭介が言った。

 

「そうだ、これ、お土産だよ。」

君久が、紙袋を渡した。

「それにさ、この部屋、可愛い絵がたくさん貼ってあって、素敵だね。」

「ありがとう。」

鷹雄が言った。

 

「今日、話があるって言っていたけど、何のことだい?」

秀が聞いた。

 

「俺たち、選挙に立候補する事にしたんだ。」

「ええ?!選挙に出るだと?」

「うん、衆議院選。」

「こんな時にか?麻原君はともかく、君久は、ミサエさんが亡くなったばかりなんだぞ。」

「それは、関係ないさ。」

 

「うん、それで、昔のよしみとして、俺たちの事を応援してくれないか?よければ、後援会に‥。」

昭介は、パンフレットを出した。

 

「うん、それはいいけど、お金だって、かかるんだろ?」

「まぁ、お金のことは、そんなには‥。」

昭介が言ったが、君久は言った。

「うん。よければ、お金を貸してくれないか?議員になれたら、必ず返すから。」

「ええ‥。」

 

「いくらなんだい?」

「一人400万円。」

「そんなにかかるんだねぇ。」

 

「でもさ、今、難しいよ。戦争に負けても残っている名家の人だって、出て来ているからね。」

「僕たちだって、学習院出身だろ?だから、大丈夫さ。」

 

2人は無事、選挙に出馬する事になった。

昭介は、これで負けたら、自死する事まで考えていて、マイクを持ち、時々暗い顔をした。

 

でも、君久は、今までたくさんの選挙を見て来て、一度落ちた人の方が好かれるものなので、落ちる事に恐怖はなかった。でも、票をとれなければ、お金が没収されるので、ある程度の票は獲得したいと思った。

始めての演説は、心臓が口から飛び出そうなほどに緊張をした。

みんな、君久を無視して歩いていく。

でも、自分が自信を持っている考えを話すと、人々は君久の話を聞いた。

おたくっぽい若者は、君久の写真を撮った。

でも、それは、変装した鷹雄だったのだ。

 

昭介は、自分が想う以上に人気だったので、どうしようかと思った。

でも、最初から総理になると決めている以上、迷う必要はなかった。

 

2人は選挙に出た。そして、当選した。

色々な事が起こり、政界の上まで登りつめた。

昇っていく最中に、様々な方と出会った。

日本にこんな名家があったのは、知らなかった。いや、そもそも、ここに来るまでに知らなかったのだから、そんなには名家ではない。

昭介に総理の座を先越された時は、君久はもう終わりだと思ったが、すぐに自分にも出番が回ってきた。

 

「はい、やりたい!」

君久は、大きな声で手を上げ、立候補し、日本の内閣総理大臣の座を射止めたのだ。

 

昭介も君久も、首相として、本当に苦しんだ。でも、そのたびに、鷹雄たち4人が手を貸した。優斗も、2人のために、良い記事を書く事にした。

ジアも、記録係として、国会に入っていたので、知っているやり方を教えたりした。

 

 

慧のプロポーズから3年後、慧と桃子は結婚をした。

桃子は、『チャンピオンミキ子』という漫画で、デビューをした。

鷹雄も、桃子の漫画が気に入り、慧に会いにきた。

 

やがて、慧と桃子の間には、娘が2人来た。

次女の3才のマキコは、桃子の作品によだれを垂らしたりした。

「ダメ!」

 

娘がいろいろと分かるようになってきたので、桃子は、自分が漫画家だという事を隠すことにした。

 

でも、幼い頃に目にした漫画を忘れられなかった6才のマキコは、桃子のタンスから、漫画を見つけ出した。

「お母さん、これ何?ミキ子の‥原稿?」

「ダメ!マキコちゃん、私のたんす、勝手に見ないでよ!」

「わあああ!」

マキコは大泣きした。

 

マキコは姉のナツの部屋に来た。

「お母さんが、ミキ子の漫画を持っていたんだよ。」

「漫画?そんな普通じゃん。どうせさぁ、私たちの本だなから、持っていって、読んでいるんじゃない?」

「ううん、ちがう。ミキ子の漫画の原稿を持っていたんだよ。書きかけのやつ。」

「へぇ~。」

「なんでだろう?」

 

「多分、お母さんはお手伝いをしていると思うよ。お父さんが、北アルプスの少女ハッピーの先生と知り合いだから。」

「お手伝いを‥?」

 

「お父さーん!」

ナツは、慧が帰ってきたので、部屋を飛び出した。

「お父さんってさ、北アルプスの少女ハッピーの先生と知り合いだよね?」

「うん。それがどうかした?」

「だからさぁ、お母さんが、漫画のお手伝いをしてるんでしょ?」

「ええ‥。それは‥、分からないけど‥。」

 

「私、漫画を描くのは、これくらいにするね。」

ナツの小学校卒業と同時に、桃子は漫画家を辞めた。

 

 

成長したマキコは、一度、変な男と結婚してしまい、27才になっても、何の特技が見つけられなかった。

姉のナツは、歌も歌える声優になっていた。

何もできないマキコを見かね、鷹雄は、ナツだけでなく、マキコも作品に出すことにした。

 

ミュージカルアニメだ。

ナツは、少し踊りながら、アフレコのマイクの前で歌ってみせて、マキコを見た。

マキコは、赤くなり、呆然とナツを見ている。

 

「勇気出して、やってみなよぉ。」

ナツは言った。

 

鷹雄が言った。

「マキコちゃん。絶対に大丈夫だよ。」

「分かりました。」

 

マキコは勇気を出して、声を出すことにした。

 

【Forever love song】by Shino Nishikawa

 

 

 

 

 

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