Stormy men

December 9, 2019

Stormy men

学生服を着た一人で歩く少年がいる。

それは雪の日だった。及川ノブオは溶けかけの雪をペチャペチャさせながら追いかけ、影から少年の後ろ姿を見た。ノブオはズボンを持ち、少年の下にまた走り出した。

「誰?」

ノブオが覗き込んだ。

「なーんだ、ハズ君じゃん。」

ノブオは赤くなって笑うが、ハズキは無視している。

「なんで何も言わねぇんだよ。」

ノブオが小突くと、ハズキはついに吹き出した。今日は、学校で友達にいじめられたのだ。でも、別のクラスのノブオには関係ないし、いつもこの人ばかりは自分と仲良しでいてくれる。

「将来の事、決まってる?」

「いや、まだ中学生だし、しっかりとは決まってないよ。」

「ふーん。そっか。俺、父ちゃんの仕事継ごうかなぁと思ってる。」

ノブオは作り笑いをした。ノブオの父親は食品工場で平社員をしている。

ハズキは口元をゆるませたまま、黙った。

「ハズキさぁ、何かしたい事ある?」

「僕、運動の方はちょっと苦手だから、ギターをやってみたいんだ。でも、伯父さんがなかなか買ってくれないんだよ。」

ハズキが言うと、ノブオは頭の後ろで手を組んで黙っている。

「あ‥、ノブさぁ、もしも親にギターを買ってもらったら、僕にも少し貸してくれない?」

「俺が買ってもらえるわけないじゃん。俺んちの父ちゃん、月収12万だってー。」

「えー、嘘ぉ。もっといい仕事を見つけてもらったら?」

「うん、そう言っているんだけどぉ、まだ今の会社でいいってさ。」

 

ハズキは少し元気になり、次の日も登校した。同じクラスのケンは冴えないが、いつも指を動かしている。

『アイツ、ギターやっているかな。』

休み時間に遊びに来たノブとハズキは、ケンを見て話した。

 

「ケンくーん。」

「え‥。」

ノブがケンの前の席に後ろ座りした。

「ケン君ちって、ギターあるでしょ?」

「うん、あるよ。」

ケンが満面の笑みで答えた。

「え‥。」

ノブとハズキは驚いて息を飲んだ。

「ギターは2本あるし、ベースもある。三味線もあるし、ピアノもピアニカも電子オルガンもリコーダーもアルトリコーダーもある。」

「ええ、そんなに?」

「うん。俺んち、みんな音楽好きだからね。」

ケンが言い、ノブとハズキは恥ずかしくなって少し泣いた。

 

放課後、席を立ったケンをハズキが追いかけた。

「あの、ちょっとでいいから、今度、ギターにさわらせてくれないかな?」

「うん、いいよ。いつにする?」

「ええと、じゃあ、ノブにも聞いて、後で伝えるね。」

「OK。」

ケンは部活をやっていない。野球が一番好きだが、野球部が中学に無いせいだ。

家に帰ると、まずテレビをつけ、プロ野球を見る。

「ケンー、ちょっと手伝ってくれないー?」

「いいよ。○○の奴、また打たなかったぜ。」

「そう、〇〇さん最近不調だねぇ。」

 

ケンが赤いのれんをくぐり、言った。

「今度、クラスメイトのハズキが、ギターにさわりたいって。」

「ああ、そう。じゃあ、家に来るんだ?」

「うん、いつかはまだ決まってないけど、いいよね?」

「あとでお父さんが帰ってきたら、聞いてみなさい。」

 

夕食の時、ケンがお父さんに言った。

「今度、同じクラスのハズキが、ギターにさわりに来るって。いい?」

「ああ、いいよ。ギターなら、お父さんの部屋にあるぞ。」

「わかった。その日の前日にもらうね。」

「ちょっとはお前も練習しとけよ。」

「だって、俺がやりたいのは野球だもん。なんで父ちゃん、分かってくれねぇの?」

 

「ギターの方がクールじゃないの。」

「やだ。指が痛くなる。」

 

「おじゃましまーす。」

ハズキとノブオが、ケンの家に来た。ケンは出迎えず、お母さんが出迎えた。緊張した2人はケンの家に入る。

「おーい。」

途中の部屋で、ケンが呼びかけた。

「ああっ。」

「ここに座りなよ。」

「ありがとうございます。」

「今、ギター持ってくるね。」

ケンがギター2本とベースを持ってきた。ケンが弾き方を説明し、かっこよく弾いてみせたりした。2人は初めて弾くギターに胸が高鳴り、初めて自分の体に情熱の血が流れたのを感じた。

 

「ただいまー。」

ハズキは家に帰る。といっても、ハズキは孤児院育ちで、今は伯父さん夫妻の家で暮らしている。伯父さんが帰ってくるたび、ハズキは汚らわしい物を口にする想像をしてしまう。きっと、伯父さんが、それをやって帰ってきているせいだ。もうこんな家は早く出てしまいたかった。

夕食の時、ハズキは勇気を出して、しゃべりだした。

「今日、ケンていう友達の家で、ギターを弾かせてもらったんだよ。」

「へー、そうか。どうだった?」

「うん、すごく楽しかったから、僕もギターがほしいんだよね。」

「ダメ。」

「なんで?僕にもちょっとは貯金があるんじゃないの?」

「そういうのは、将来のためにとっておくだ。」

「そんな!もしも、ギターを弾いてさ、僕が歌手になれれば、このボロ家だって、建て直せるかもしれないんだよ?」

「もういいかげんにしなさい。」

お義母さんがハズキを座らせた。

 

「ええ、これだけですか?」

目の前の晩御飯を見たノブオは目を丸くした。

「ごめんね。うちの家計が苦しいのよ。」

「じゃあ、ギターを買ってもらうのは当分無理かー。」

「お前、ギターがやりたいんだ?」

「うん。今日、ケンの家で弾かせてもらったんだよ。ハズキと一緒に。」

「へぇ、少しは弾けたか?」

「少しどころじゃないよ。俺たち、ガンガン弾けちゃったからね。」

「父さんも、若い頃はギターを弾いていたんだよ。もう捨てたけどね。」

「なんで、そんな大事な物を捨てるんだよ!」

「平和に暮らしたければな、そんな物は捨てるだ。」

 

「ええ?東京の高校を受けるなんて、嘘だろう?ハズ。」

「それは本当。早く伯父さんから離れたいから。別の親戚の家がお金を出してくれるって。」

「そうか。でも、それはよかったね。」

「うん。でも、本当は高校なんか行かずに、音楽をやりたいんだ。だってさ、高校の勉強よりも、音楽の勉強の方が難しいんだよ?頭をよくするなら、こっちをした方がいいと思う。‥でも、保険を作っておきなさいだって。伯父さんが言ってた。」

「高校は行かなきゃまずいよね。」

 

ケンが教室に入ってきた。

「ケンー。」

「おおう。‥じゃ、また。」

ケンが別の友達に挨拶をし、こちらに来た。

「どうしたの?」

「いや、隣の中学の佐々木って男が、野球で推薦目指すんだってさ。」

「そうなんだ。」

「そういうのってずるくないか?なんでこっちには、野球部がないのに、そっちにはあるんだよって話じゃん。それでさ、もし、佐々木が本当にプロ野球選手になっちゃったらどうすんの?」

「うーん。そんなに甘い話じゃないと思うよ。」

「プロの○○だって、ある日突然トレードされて、すぐに降ろされただろ?」

「まぁ、そうだけどね。でもさぁ、俺が一番したかったの、野球なんだよ。」

「音楽じゃなかったの?」

「うん。俺、野球で世界一になりたいんだ。」

「じゃあ、○○高校受けたら?どうせ、佐々木が行く所だってそこだろう?」

「ううん、東京だって。」

「ええ?!ハズキも東京の高校を受けるんだぜ。俺は地元だけどさ。」

 

3月。3人はそれぞれ、高校に合格した。ケンはため息をついた。ケンが受験したのは、工業高校だ。嫉妬が歪んだ結果が出てしまったのだ。でも、その高校にも一応、野球部がある。

ノブは高校に合格した日、泣いて両親とハグをした。

「はい。」

ハズキは伯父さんにギターを買ってもらった。ずっと欲しかった物だ。その時、初めて伯父さんに感謝をした。

 

「また手紙書くね。」

ハズキはノブオに言った。

「うん、元気でいろよ!」

ノブオは去る電車に向かって手を振った。

 

『野球部クソ弱ぇ。』

ケンはベンチに座り、マウンドを睨みつけた。先輩ピッチャーの球を空ふりするくせに、心だけは強かった。でも、こんな練習では強くなれないと思い、強豪高校の練習を見に行った。

ノブオは軽音楽部に入り、ドラムを担当する事になった。自分が本気になっても、先輩がチャラチャラしていて、合わせる事ができないので、ノブオは赤くなって、困り笑いをした。

ハズキは、東京の高校で女子に話しかけ、先生に叱られた。『心が焦ったせいだ。』ハズキは走って寮に戻った。ギターを手にとる。何曲か弾けるようになった頃には、ペンを動かしていた。少しだけ感じた恋の味で、新しい言葉を書けるようになっていた。

 

高2の春、ノブオは両親に愚痴をもらしていた。

「もう全然ダメでさ。先輩たちも全然やる気ないんだよ?」

「じゃあお前、何かスポーツをやりなさい。」

「うーん。これからやって、間に合うかな?」

「大丈夫さ。俺の友達で20才からスキー初めて、オリンピックに出た人いるよ。」

「それ、本当?俺は信じないよ。」

 

ケンは、家に帰ると、ちゃぶ台でつっぷした。

「元気ないね。野球観なさい。」

お母さんが野球をつけた。

「いい。消して。俺、野球選手になるのもう無理だから。」

「なんで。野球選手じゃなくたって、みんなプロ野球を観ているのよ?」

「もう俺は何もやりたくない。絶対何もしない。」

 

ハズキは、不良少女について、渋谷駅前に出てしまった。

「もう帰らない?!」

こんなに近くで大声を出しているのに、不良少女には聞こえないようだ。

「エミちゃん、もう帰らない?!」

「え、でも行きたいお店あるから。ハズ、お金持ってんでしょ。」

「持ってないよ!僕、エミちゃんの物なんか買えないからね!お願いだから、もう帰ろ。」

ハズキはエミの腕をつかみ、歩き出した。

「どうしてこんな事すんの?私の事、好きだから?」

「ちがうよ!僕はエミちゃんと付き合いたくない!」

「ひどっ。」

「あのね、僕は、まだ誰ともそういう事をしたくないんだよ。」

ハズキは言い、エミはおとなしくなり、2人は電車に乗った。

 

『高校生バンドコンテスト』

数日後、ハズキは楽器屋の前に貼ってあったポスターを眺めた。最優秀バンドは、メジャーデビューが約束されている。これは人生がかかっている事だ。誘うなら、あいつらしかいない。

ハズキは早速、地元に帰り、ノブとケンに会った。

「これ見てよ。最優秀のバンドは、メジャーデビューだって。俺たち、バンドをやってみない?」

「いいけど、ハズ、東京でもっと良い人たちいなかったの?」

「うん。これで人生が決まると考えると、君たちしかいなかったんだよ。」

 

ケンが言った。

「でもさ、3ピースってまずくない?バンドなら、もう1人必要だろ?」

「君たち2人の知り合いに、誰か良い人いる?」

「軽音部でベース弾いている人いるから、誘ってみるね。」

「その人って男の人だろ?」

ノブが言い、ケンが聞いた。

「もちろん。あんまり学校来てなかったんだけど、俺が軽音一緒にやりませんか?って誘って、元気になった人なんだよ。」

 

「ヒロ!」

「何?」

「一緒にバンドやらない?東京から友達が帰ってきているんだけど。」

「東京の人?俺、気合うかな?」

「大丈夫。元々、こっちに住んでいた人だから。伯父さんに合わないから、東京に出たんだよ。」

 

「はじめまして。中川ハズキです。」

「山田ケンです。」

「山下ヒロです。よろしく。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

「じゃあ、確認するか?」

ノブオが言った。

「まず、歌が書けるハズキがボーカル、俺がドラムで、ケンがギター、ヒロがベースでいいな?」

「はい。いいよ。」

「それで、曲はどうする?」

「ああ、じゃあ僕が書いた歌を作ってよ。」

「へぇ‥。」

3人は少し引いたが、興味津々で、ハズキが一人で歌うのを眺め、3人は赤面した。

 

ヒロが聞いた。

「すごいじゃん。それ、ハズキ君が一人で書いたの?」

「うん、もちろん。」

「へええ。ハズって、恋について分かってたんだな。」

「まぁ、分かっているってほどじゃないけど、俺も恋の味くらいは知っているからね?」

「ハズ!」

ノブが言い、ハズキはにこにこして、ノブを蹴る真似をした。

ケンが言った。

「さっそく、この歌に、もっとしっかりギターをつけてみるよ。」

「うん、よろしく。」

「良い歌だと思うけど、ハズはどれくらい、こっちで練習できるの?」

「とりあえず、9月くらいまでは。」

「9月?学校始まるだろ!俺たちなんて、8月20日くらいからだよな?」

ケンがノブとヒロに確認した。

ハズが言った。

「分かった。じゃあ、君たちに合わせるよ。」

「うん、ハズ、どういうつもり?」

「俺は音楽に人生をかけているから、高校なんてどうでもいいんだよ。もちろん、君たちに人生をかけろとは言わないけど。でも、せっかくなら、メジャーデビューできたらいいと思ったんだ。」

「まぁ、そりゃそうだな。」

ノブが言い、ケンが真剣な顔で、スタジオのソファーに座り込んだ。心の中では、プロ野球選手とバンドマンどちらがスターなのか考えているみたいだ。

「俺、親に聞いてみるね。メジャーデビューの事。」

ヒロが言った。

 

4人はメジャーデビューを目指すことにした。情熱が突然早く動き出したので、一週間ほどで曲が完成し、演奏できるようになった。ハズキはあと4曲用意して、メンバーに聞かせて見せた。

「Bitter Lily」

ハズキが考えてあったバンド名を見せた。

「略すと、ビタリリなんだけどいいかな?」

「おー。」

メンバーは拍手した。

9月、ついに高校生バンドコンテストの日がくる。ざわめく会場の中に、キャスケット帽をかぶった男、野々木南洋という男が胸をときめかしていた。

南洋は良くない家の生まれで、毎日まずい飯を食べていた。

『南洋、男同士で家族を作ったらどう?』

女神様のお告げを聞いていたのだ。このコンテストのどこかのバンドに、自分も誘われるかもしれない。

ビタリリは、最高のパフォーマンスをして、自分達こそ、最優秀だと思った。南洋はビタリリを見た時、胸がざわざわしてしまった。少しうますぎて、自分が入る家族ではないと思った。南洋はエメという少し暗いバンドこそが、自分が入れてもらう家族だと思い、エメのパフォーマンスを見た。

結果発表で、ビタリリはなんと2位だった。この結果に南洋も顔をしかめた。正直言うと、ビタリリが一番良かった。もしもこのままメジャーデビューしてくれれば、自分から離れられると思った。この人達と家族になるのは、少し怖いと思った。

ハズキ達は暗くなった。すると、審査員が来て言った。

「君たちすごくよかったよ。でも、まだ17才だから、18才になるまで待ってね。」

「はい‥。」

「18才になったら、うちに来てくれる?」

「分かりました。ありがとうございます!」

ビタリリは頭を下げた。

 

ハズキたちは悔しさと、少しの恥ずかしさで、電車の中で無口になった。

「俺、もういいわ。この結果だけで充分。」

ノブが言うと、ケンがつっこんだ。

「じゃあ、やめんのかよ?!」

「うん、どうしようかな。」

「でも、18才になったら、メジャーデビューできるんだろ?せっかく、ノブの親だって、バンドをやるの許してくれたのに。」

ヒロが言った。

 

「うーん‥。」

「ノブ、辞めたいなら、辞めてもいいけど、俺たちは18才になれば、デビューするからね。」

「えーそれはちょっと。」

ノブは赤い顔でニヤニヤした。メンバーを困らせるのが好きなタイプだ。家族の中に困らせたいのが1人はいる。

 

南洋は電車の中でトイレに立ち、胸が止まるかと思った。同じ電車に、ビタリリが乗っているのだ。南洋は同じ車両の前の席に座り、ビタリリをうかがった。

ハズキが南洋に気づき、手招きをしたが、南洋は唖然として無視するのが精いっぱいだった。南洋は目を開き、胸を抑えた。やっぱり、この人達が自分の家族かもしれない。

ビタリリは、南洋が降りる駅で降り、ハズキはメンバーとはしゃぎながら、南洋を見て、メンバーに何か言い、メンバーもこちらを見た。南洋は我慢して、凛とした顔で堂々と歩いた。

夜、南洋は、エメの音楽を思い出し、頭を重くした。もう無理だ。あの人達とはやっていけない。やっぱり、自分の家族はビタリリだ。この人達とやっていくためには、僕はもっと音楽を勉強しないといけない。南洋はA4の音楽ノートを開いて、鉛筆で書き始めた。

南洋は自作曲を仕上げるために、スタジオを借りた。ビタリリがいるかと期待したが、外れだった。夕方5時、ファミリーレストランではしゃぐビタリリを見て、少し辛くなった。南洋は家族とうまくやっていないので、ファミリーレストランで食事をする事がある。

一人で食事をする南洋を見て、ビタリリはこそこそと話した。

南洋はビタリリに慣れてきた。家に帰ると親から怒られたが、ビタリリだって同じだろうと思った。

日曜日、南洋は中学校の校庭の隅にいるビタリリを見つけたので、カセットを渡した。ビタリリの曲を、南洋が改良したのと、自作曲だ。

「え‥、これ何?」

「まぁいいから、聞いてみろや。」

「仲間に入りたいの?」

「‥。」

「ええ、どういうつもり?」

「うん、そうだよ。俺はさ、お前たちと一緒に音楽できたらいいなと思ったんだよ。」

「分かった。ちょっとうちらも会議してみるね。」

「決まったら、伝えるから。名前、なんだっけ?」

「俺は、野々木南洋。」

「そう。よろしく。俺は中川ハズキです。」

「うん。知ってる。」

「知ってる?じゃあ、どうして名前を呼んでくれないの?」

「言いたくなかったから。」

「じゃあ、俺たちのことも知ってる?」

「うん、ギターのケン、ベースのヒロ、ドラムのノブだろう?」

「おお~。」

「うわっ、もう俺たち、有名人ですか?」

「これからこれから。」

南洋はビタリリに入ることになった。

 

「アハハハ!」

5人はスタジオ練を終えて、夜の10時の町を歩く。地下路は好きな道だ。ある日、地下路に下痢が飛び散っている事件が起こった。

「何アレ?」

「うおおおお!ウンコマンだぞぉ!!」

見に行ってきた南洋が走ってこちらに来た。

「あれ、全部ウンコマンだよ。」「きもぉ!!」

ハズキはてくてくと歩き、クソの上で、クソをする真似をした。

「ハズ、何やってんだよぉ!」

「ブリブリ。」

 

ケンがハズキの腕をつかみ、5人は地下路から出た。

「ああいう事すんのやめな。」

「だって、やっちゃった人の気持ちを考えなよ。かわいそうじゃん。」

 

ヒロが涙目で言った。

「でもさー。なんでうちらにこんな事が起こるの?もうバンドやめなさいっていう神様のお告げかな?」

「えー。」

南洋とノブは顔をしかめた。

「ちがう!その逆。君たちは日本で一番になりますから、これくらい耐えなさいというお告げだと思う。」

ハズキが言った。

 

「あーそっか。」

「でも、ハズ、うんこの真似とかはダメだよ。」

「それはもうやらないけどぉ、ケンだってもう少し他人の事を考えなきゃダメ。」

5人は話しながら、夜の駅を上がって行った。

 

 

18才になった5人は、東京へ出発する。メジャーデビューするのだ。ノブとヒロは教頭に呼ばれ、緊張の瞬間を過ごしたが、なんとか難を逃れた。

 

「よろしくお願いします!!」

音楽会社でビタリリは頭を下げ、南洋は遠慮がちに頭を下げた。

「えっとぉ、南洋くんはビタリリを管理してくれている人なんです。」

「じゃあ、プロデューサーなのかな?」

南洋は、会社の人と話をした。

 

ビタリリの4人は一生懸命練習し、都会の怪しげな男がじっと見守る中でも、合わせたりした。テレビで歌手たちがワイワイやっているのを見ると、こんなんじゃないと思っていたので、ビタリリは赤い顔になった。南洋は会社の人に何曲か書かされて、勝手に別の会社から売られた時は、もうやめようかと思った。でも、ビタリリを見捨てるわけにはいかなかった。正直言って、ハズは全部分かってない。他のメンバーも曲を持って行けば、しっかりと作るが、南洋がいなければ、スカになる。南洋は、会社の人に頼まれて、他のアーティストのプロデュースをしたが、全ての力は注がなかった。自分の音楽は、ビタリリのための物なのだ。

 

ビタリリだけでの練習の日、ヒロが言った。

「篠田さん、変わっちゃったね。」

篠田さんというのは、コンテストの日に声をかけてくれた男だ。

「うん。あの時はさ、狐にでも取り憑かれていたんじゃないの?」

ハズキが言った。

 

ノブオが言った。

「狐ってなんだよ、ハズ。」

「芸能界に住んでいる妖怪だよ。知らないの?」

「俺は全然知らなかった。」

「それって怪談話?もしそうなら、詳しく教えてほしいんだけど。俺の母さんがそういうの好きなんだよ。」

ケンが言った。

 

「怪談ってほどじゃないけど。芸能人は全員が本当の人間じゃないからね。ケンだって、そういうの分かんだろ?」

「いや、俺は全然知らないから。」

ノブオが聞いた。

「ハズ、どういう意味?」

「うん、俺もさ、時々、狐に取り憑かれたみたいになるんだよ。だから、今度そういう時はよろしくね。」

ハズは切なげに言い、ギターを下した。

「ええ‥。」

3人は少し引いている。

 

帰り道、ハズキが言った。

「車の免許取るでしょ?」

「うん、いつかはね。」

「でも、18才になったんだから、みんな取れるだろ?」

「いや、お金がない人は、26才とかで免許を取るんだからな。」

「えっ。」

ハズキは言葉をつまらせた。

ヒロとケンが言った。

「ねぇ、こんな事をやめて、やっぱりちゃんと働かない?」

「別に、お金が稼げるからやっているわけじゃないからね。ハズ。」

『野球選手よりも強くなりたいだけだし。』

 

ノブオが言った。

「まぁ、運転免許の事はさ、俺はもう少し待つよ。」

「うん‥。」

『こんな時に、南洋がいてくれれば。』

ハズキはこぼれた涙を拭いた。

「なんで、泣いてんの?!」

「別に、なんでもないよ。」

 

次の日、会社で話合いをしているビタリリの下に、南洋が来た。

「よぉ。」

「南洋、久しぶりだね。」

「ビタリリの方向性決まった?」

「いや、決まってないし、そもそも、ビターリリーのバンド名を変えろって言われたんだよ。」

「なんで。変える必要ないよ。俺が保証する。」

 

「いいか。ビタリリは、世界を変えるバンドなんだ。だから、このまま行け。」

「分かった。」

ビタリリの4人は、安堵して笑った。南洋は続けた。

「それからさ、もっと有名になってしまう前に、全員、運転免許を取っておけよ。」

「ほら。」

ハズキはノブオの足を小突いた。

「分かりました。」

ビタリリは言った。

「それから、明日、俺、スタジオに行くからな。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

次の日、ビタリリは、南洋の前で合わせ、曲を作りなおした。南洋の知識の豊富さに、みんな泣いた。

「俺は、お前らを泣かしに来ているんじゃないぞ。感動する物を作りたいから、来ているだけだよ。」

 

初めての東京でのライブは、お客さんは少なかったが、確実に良い風を吹かす事に成功したと感じた。

 

ハズキは久しぶりに地元に戻った。親戚の家に行くと、従弟の毅と鉄二がいた。

「ハズ君さ、芸能人になるってホント?」

「うん。」

「俺たちも芸能人になるんだぜ。」

「ええ、なんでだよ!まだ16才だろ。」

「あのねー、お父ちゃんがもう東京に行っていいってさ。それで、働く所がないから、芸能人になるだ。」

「アハハ。」「ねー。」

毅と鉄二は顔を見合わせて笑った。

ハズキが聞いた。

「芸能人になって何するの?」

「ダンスと歌。」「そう、ダンスと歌。」「ねー。」

2人はまた顔を見合わせた。2人は二卵性双生児だ。

「うう‥。」

ハズキは顔をしかめた。

毅が聞いた。

「葵姉ちゃんに会ってる?たまにはさ。」

「会ってないよ。俺は葵ちゃんには興味ないからね?」

「ふーん、嘘だ。だって男はみんな、葵姉ちゃんに興味あるもん。」

「そんなことないよ。葵ちゃんはそんな可愛くないでしょ?」

「可愛いよ。サトル君だって、本当は、葵姉ちゃんの事が好きで東京に行ったんだぜ。」

「お隣のサトル君は、葵ちゃんの事が好きなの?」

「そう。サトル君も芸能人をやるんだ。」

「ええ、それホント?」

「うん。ダンスと歌をやるんだよ。」「そう、ダンスと歌をやるんだぜ。」

「ねー。」

毅と鉄二は顔を見合わせて、笑った。ハズキが歌しかやらない事を知っていて、馬鹿にしているようだ。

 

 

毅と鉄二は、星斗、知樹、成士(なるじ)の3人と一緒に、D-polish(ディーポリッシュ)というアイドルグループを組む事になっていた。星斗と成士とは初対面だが、知樹は毅と鉄二の知り合いだった。孤児院育ちだったので、2人のお父さんが知樹も誘ったのだ。

「中川毅です、よろしくお願いします。」

「中川鉄二です、よ、よろしくお願いします。」

「‥うん、よろしく‥。」

星斗と成士は少し怪訝そうに、2人を見た。

鉄二が言った。

「知樹も自己紹介しなきゃ。」

「あ、立川知樹です。よろしくお願いします。」

「イエー!」

毅と鉄二が作り笑顔で、親指を立てた。お父さんから、みんなを笑顔にしなければ、東京にはいられなくなると言われていたのだ。大好きな葵姉ちゃんが暮らす東京から、出たくはなかった。ディーポリはダンス練に励み、だんだんうまく踊れるようになった。毅と鉄二と知樹は息ピッタリで合わせられるが、星斗と成士はうまくいかない。地元に戻った時に、毅と鉄二は、その事をお父さんに話した。

「じゃあ、毅と鉄二と知樹君の3人でやればいいじゃん。」

「うーん、そういうわけにもいかないんだよ。だって、みんなを笑顔にしなきゃいけないだろ?」

「あの2人だって、みんなのうちの2人じゃん。」

「ああ、そうか。」

 

やっぱり、5人で続けていくことにした。楽屋で好きな女性について話した。星斗が聞いた。

「みんなはどんな女の人が好きなの?」                     

「え、俺たちは葵姉ちゃんの事が好きだから。」

「なぁ?」「うん。」

毅と鉄二は顔を見合わせた。

成士が言った。

「へえ、それ、本当のお姉さんの事?姉弟って付き合っちゃいけないんだよ。」

「別に付き合いたいとかじゃないよ。そういう好きじゃないから。」

「戦争に行っていた人だって、恋人のほかに、お姉さんにも手紙を書いたんだぜ。それって、お姉さんの事も好きって事だろ。」

「ふーん、もしかして、お前たちって戦争映画に出たいの?」

星斗が聞いた。

「そういう意味じゃないよ。」

「何言ってんの。」

鉄二と毅は笑った。

「それでさ、知樹は好きな人いるの?」

「俺はまだいないから。」

「へえ。じゃあ、星斗と成士は?」

毅が聞くと、成士が答えた。

「恋愛はここには関係ないだろ。」

「だって、そちらが聞いてきたんだぞ。」

「いや、聞いたのは俺じゃなくて、星斗の方じゃん。」

「ああ、そっか。…それで?星斗の好きな人は誰?教えてよ。」

「いない!」

「嘘。」

「ホント。それにさ、俺は、普通の女の子よりもオミズの人の方が好きだから。」

「オミズ?」

「キャバクラとか、ホステスとか、風俗をやっている人。」

「ふーん。」

成士は心配そうに星斗を見つめ、毅と鉄二と知樹はびっくりして黙ってしまった。

 

次の練習の日、毅は、葵姉ちゃんの写真を持ってきて、星斗と成士に見せた。

「ほら見ろよ。葵姉ちゃんって美人だろ?」

「うーん。でも俺にはちょっと似合わないかも。」

星斗が毅を見上げた。

「でもサトルさんだって、葵姉ちゃんの事が好きなんだぜ。」

「え、サトルさんの好きな人なの?」

星斗は立ち上がり、目を丸くした。ディーポリの5人がダンススタジオに行くと、サトルさんが一人で踊っていた。

「ほら、サトルさんと葵姉ちゃんってお似合いだろ?」

毅が言った。

 

ディーポリのダンスの練習が終わると、星斗が毅と鉄二に言った。

「今日の稽古の時、ありがとね。俺だけ全然できなくてさ。」

「ううん、そんな事ないよ。星斗は、俺たちよりも出来る事あるし。」

「俺だってそんな出来ねぇよ。」

 

 

ビタリリは、ライブにお客さんが集まるようになってきた。そして、毎度のように現れる男4人組を見つけるようになる。

『あ、まただ。』

ハズキは横目で4人を見た。

楽屋で、ノブオが言った。

「あの4人組またいたね。」

「うん。なんでかなぁ?」

ハズキが椅子に座り、首をかしげた。

「バンドをやりたいんじゃないの?」

ヒロが言った。

「ああ、そっかぁ。」

ノブオは服を脱ぎ、白シャツ姿になった。

 

次の日、会社に行くと、あの4人組が来ていた。ハズキがスタッフに聞いた。

「あの子達、どうしているの?」

「ああ、もうすぐメジャーデビューするんですよ。」

「ええ、そうなの?!」

ハズキは口をおさえ、目を丸くした。

「どういう曲を歌っているのかな?」

「あっ。」

スタッフは走り、「はい、これ。」ハズキにCDを渡した。

「ありがとう。」

 

会議室で、ハズキはメンバーに言った。

「いつもライブに来ていたあの4人組さ、メジャーデビューするんだって。これ、CD。」

「えー、マジ?南洋から、まだ何にも聞いてないよ。」

ケンが言った。

「どんな曲なの?」

ヒロが聞いた。

「何も知らない。聴いてないから。」

ハズキが言った。

ガチャ

「南洋!」

「おおう。」

南洋は大きな新しい音楽の機械を持ってきた。

「それ、どうしたの?」

「いや、お前たちの音楽をもっとよくするためには、これが必要なんだ。」

「へええ。」

 

「南洋、あの4人組の事、どうして言ってくれなかったの?」

ハズキが立ち上がった。

「何のこと?」

「今日来ている新人バンドのこと。よくビタリリのライブに来ていたんだよ。」

「ああ~。」

「デビューする事を知っていれば、俺がもう少し話したのに。」

「何を話すんだ?」

「まだダメってことだよ。」

ハズキが言い、南洋は笑った。

「大丈夫、ビタリリほどはうまくないから。」

「へぇ、それホント?」

ヒロが立ち上がった。ケンとノブオは向かい合って座ったまま、こちらを見ている。

「心配しなくていい。自分達のことだけ考えろ。」

南洋は言った。内心、あの新人バンドがデビューする事を喜んでいた。

 

新人バンド、ウォリズはどんどん上達して、ライブの日が来た。ビタリリは楽屋にお邪魔した。ウォリズのメンバーは、ビタリリを見て、ペコペコと頭を下げた。ボーカルの雄吾が聞いた。

「もしかして、見に来てくれたんですか?」

「うん、どうかなーと思ったから。」

ハズキが言った。

「ちゃんと練習したので、大丈夫です。」

ギターのミチルが言った。

「そっか。」

ケンはミチルを見た。

 

雄吾はツバをすすったので、ハズキが聞いた。

「あのさ、大丈夫?ボーカルなら、ツバや息にも気をつけないといけないんだよ?」

「はい、ちょっと今は、テンションが高ぶっちゃってて。」

「それならいいけど。」

 

雄吾は発声練習を始めた。

「アアアアー。」

『生意気。』ハズキは内心思い胸を抑えたが、惜しげなく良いメロディーを放つ雄吾には感動した。口から良いメロディーが出た時は、いつも録音していたからだ。

 

 

テレビの収録を終えた毅と鉄二と知樹は、バタバタと廊下を走っていた。スタッフが声をかけた。

「どうしたの?」

「お父さんが病気で倒れたから、地元に戻ってくる。」

「了解。」

 

「大丈夫かな、お父さん。」

鉄二は涙目で言った。

「わかんない。とにかく急ごう。」

毅と鉄二と知樹は、タクシーに乗り込んだ。

 

「お父さん、大丈夫?!」

地元に戻り、お父さんの病院に行くと、点滴をしているお父さんは葵姉ちゃんと話していた。

「おお、おかえり。」

「葵姉ちゃん?」

「うん、久しぶり。元気だった?」

「うん!」

お父さんの病態がそこまで悪くなかった事と、葵姉ちゃんとの再会をみんな喜んだ。

 

お父さんは葵と2人きりになった時に聞いた。

「誰か良い人見つかった?」

「うん、今度、サトル君に食事に誘われているんだ。」

「そう。よかったね。」

「うん。」

 

 

東京での仕事を終え、葵はサトルとの約束に急いだ。その日、雨が降っていた。サトルは約束の場所で、傘をさし、待った。葵は、自動車が止まってくれたので、横断歩道を渡ろうとした時、黒いワゴン車が突っ込んできた。

「あああ!」

葵は跳ね飛ばされた。何も知らないサトルは時計を見た。サトルは公衆電話に行き、葵の実家に電話をかけた。でも、なかなかつながらない。

サトルは背筋に寒気が走り、受話器を落とした。

 

 

「葵!」

東京にかけつけたお父さんとお母さんは、泣き崩れた。手術中の信号は、赤く光っている。ナースが出てきたので、お父さんは聞いた。

「血、足りてますか?」

「はい、大丈夫です。」

「良かった。」

 

サトルが病院にかけつけた。

「葵は?」

「今、手術中。」

「俺と会う途中だったんです。申し訳ありません。」

サトルは手をついた。

「ううん、サトル君のせいじゃないから。」

「葵もね、サトル君と出会えて幸せだったと言っていたから。」

お母さんとお父さんが言った。

 

葵の手術が終わり、一命はとりとめたが、意識は戻らない。脳死だとも言われた。

お父さんが言った。

「お金はいくらでも支払いますから、あと1カ月は生かしてください。」

「分かりました。」

 

「葵姉ちゃん!!」

毅と鉄二と知樹が飛び込んできた。

「もう起きないの?」

「また起きるから大丈夫だよ。」

医師が言った。

「葵姉ちゃん!!」

3人は赤い顔で泣き崩れた。

 

「葵。」

サトルは葵の手を握った。

「もうダメなのかな。」

サトルは葵の手に自分の額を乗せた。

 

サトルは病院を出た。

ふらふらと東京の街を歩く。人が多く、「すみません。」何度も人とぶつかった。

舌打ちをされたので、サトルは振り向き、「すみません。」頭を下げた。

『きっと‥全て、この街のせいだ。』

曇り空からは、雪が降ってきた。

 

「神様、お願いします。僕が生きる分を葵にあげてください。僕、霊となり、葵とみんなを幸せにしますから。」

 

翌日、サトルのマンションの部屋に、芸能事務所の美姫と紘一が来た。

「サトルちゃん、なんで全然連絡くれないんだろ?どっか行ってんのかな?」

「さああ、何も聞いてないよ。でも、部屋で倒れていたら困るから、事情話して、合鍵をもらってきた。」

 

「ここだよね?サトルちゃんの部屋。」

「うん。」

紘一が鍵を回した。

ガチャ

「サトルちゃーん?」

「なんか、血の臭いしない?」

「ええ?」

「ちょっと待って。」

 

「サトル?!」

サトルはナイフで心臓を刺し、目を開けて、亡くなっていた。

「美姫ちゃん、入ってくるな!!警察を呼んで!!」

「ええ!?」

 

 

「葵ちゃん、大丈夫?」

ビタリリの4人と南洋が、眠る葵の下に来た。

「お花、かざっておくね。」

 

「行こうか。」

ビタリリと南洋が病室を出た後、葵はうっすらと目を開けた。

 

次の日、会議室でハズキが言った。

「葵ちゃん、目を覚ましたって。」

「そう、よかったな。」

ノブオが声を震わせて言った。ケンとヒロも暗い顔をしている。

「どうして?みんな、嬉しくないの?」

「嬉しいよ。でも‥。」

ガチャ、南洋が入ってきた。

「南洋。葵ちゃんが目を覚ましたって。」

「うん、よかったな。‥ハズキ、何も聞いてないか?」

「え、何の事?」

「サトル君が亡くなったんだよ。」

「ええ、そんな。」

 

「きっと‥、葵ちゃんのために、身代わりになったんだ。」

ヒロが言い、みんな涙をこぼした。

 

 

葵は目を覚ましたのはいいが、一生重い障害が残る事となり、サトルの事も、毅の事も、鉄二の事も、ハズキの事も、何もかも忘れてしまった。

最初のうちは、泣いたり、寝たりして過ごした。1人で歩く事もままならないので、トイレも部屋でしたりするしかない。

毅と鉄二が会いに来ても、「うるさいから。」と言って、お父さんとお母さんが帰らせてしまった。

しばらくして、ハズキがビタリリのCDを持ってきた。

「葵ちゃん、これ、ビタリリのCDだよ。俺は葵ちゃんの事を恋愛対象とは思っていない。でも、ずっと葵ちゃんの味方だから、一生、毎日聞いてもいいからね。」

「うん、わかった。」

葵は、もう誰なのかも分からないハズキの言葉に涙をこぼした。それ以来、葵は毎日のようにビタリリを聴くようになった。

 

葵の心は癒されたが、毅と鉄二の心が癒される事はなかった。それでも、2人は頑張ってステージに立った。苦しみを抱えて笑顔を見せる2人に、聴衆は心を奪われた。だんだん、毅と鉄二ばかりに仕事が回ってくるようになる。知樹は親友だったので、何とも思わなかったが、星斗は嫉妬に燃えてしまった。

毅と鉄二がさわりそうな所に、チューインガムをつけたり、接着剤をつけたりしたのだ。

洗顔クリームにも糊をいれたりした。糊の洗顔クリームを手に取った鉄二は言った。

「何これぇ。洗顔クリームじゃないよ。」

「あはは、なんだよこれ。」

心がボロボロの毅と鉄二は、星斗がやったとは気づいていない。しかし、知樹は気づいていたので、星斗につめよった。

「あのさ、今あの2人は、お姉ちゃんが死んじゃって辛い状態なの。だから、こういう事するのやめてくれる?」

「ええ?それ、俺じゃないし、お姉ちゃんが死んだなんて聞いてないよ。事故にあって、障害が残っちゃったとは聞いているけど。」

「いや、もう。死んだのと同じだから。」

 

毅と鉄二と知樹の3人だけの部屋で、毅と鉄二はわぁわぁ泣いた。

「葵姉ちゃん、もう俺たちの事、何も分からないんだぜ?」

「それに全然歩けないしさ、家でアンパンマンとか見てるしさ、トイレだって‥。」

うっ。2人は赤い顔で泣いた。

「トイレって部屋でするんだぜ。あの葵姉ちゃんが。信じられるか?」

「それは悲しすぎるよな。」

知樹は、毅と鉄二の頭をなでたり、ハグしたりした。

 

 

ビタリリの方は、吹っ切れた感じになり、音楽に集中した。葵の事よりも、サトルが亡くなった事の方が辛かった。心にもやが広がると、首を振って、楽器で発散した。

ウォリズはどんどん良くなっていく。今日が初めてのMV撮影があったとかで、ヒロがウォリズと話して、感想を聞いていた。

ミチルが言った。

「もう俺たち、死んでもいいですよ。」

「ミチル君、まだ死ぬのは早いでしょう。」

「いや、もういい。ここまできたし、憧れのヒロさんにも会えたから。」

 

ハズキには、まだ心の中にウォリズに対する嫉妬心があったが、気づくとビタリリは日本一の場所まで登りつめていた。次に目指すのなら、世界一だ。でも、今は心に重い暗闇を抱えているので、世界に出る気にはなれなかった。

 

 

星斗は、毅と鉄二と知樹を騙すことにした。ディーポリの打ち上げと嘘をついて、それぞれを別の場所に連れ出すことにしたのだ。しかし、毅と鉄二が別々の場所に連れ出されることはなかった。毅が言われた場所に、鉄二もついていく事にした。毅が言われたマンションの部屋に、鉄二までもが顔を出した時、仕掛け人の女はギョッとした顔をした。

 

アハハハ!毅と鉄二がクスリでラリッている時、騙された知樹は、居酒屋で一人きりでポツンとしていた。サラリーマンらしき男がちらちらと知樹を見ている。もしかしたら、仕掛け人だったのかもしれない。

 

「今、何時?」

「朝5時。」

「ああ‥。」

鉄二は白目をむき、倒れ込んだ。

『毅、生きてんの?』

『ううん、もうすぐ死ぬ。俺、かっこいい大人になれただろうな。』

『俺も。世の中を良くしたかったyp。』

 

『葵姉ちゃん、部屋でうんこだってするんだぜ。』

『うん、葵姉ちゃんてさ、もう何も分からないんだよ。』

毅と鉄二は目を開け、死んだ。

 

『もしかして、俺たち、粗相してた?』

『ううん、全部、片付けたからね。』

『いいよ、葵姉ちゃんだって同じなんだから。』

 

ビタリリは蒼白な顔で2人の葬儀に参列した。スーパーアイドルだったので、これからは狐が代わりに出る。2人が死んだ事は世間には知られていない。だから、葬式はこじんまりとしたものだった。

「大好きな2人が死んじゃったよ。」

ハズキは言い、ビタリリと南洋は泣いた。

2人のお父さんとお母さんは、知樹と話していた。

「知樹君、今までありがとうね。」

「2人の財産は、全部葵に渡してほしいって言われているけど、葵はそんなに必要ないから、知樹君にあげるからね。」

 

 

ウォリズは何も知らない。わざわざ、ビタリリと時期をずらして発売したCDが、第一位をとったので機嫌が良かった。スタジオに行くと、4人は盛り上がっていた。

ノブオが言った。

「全部忘れられるの、この人達見ている時だけだね。」

「うん、そうだね。」

 

 

どんどんと新しい歌が浮かぶ19才の音楽男ユキオは、音楽で人生をやっていくか迷っていた。今日、初めての一人での東京で、もしも、ビタリリ全員に会えたなら、音楽で人生をやっていくと決める事にした。新宿についた時、すぐにノブオに会ったので、ユキオは息が止まりそうになった。ずっと憧れだった人に会えたので、ユキオは少し頭が変になってしまった。原宿で、ヒロとケンを見た。ユキオは胸を抑えた。

あと一人、ハズキを見たのなら、僕の人生が決まる。

午後4時。もう帰る時間になった。ユキオは伏し目がちで、電車に乗ろうとした。

すると、ベンチに、ハズキが座っていた。

「あ‥。」

ユキオは息を飲んだ。

背中を向け歩き出したハズキを呼び止めた。

「ハズキさん!」

「ん?」

ユキオは深く息を吸い、自作の歌を歌った。

その瞬間だけは、夢見る男とスーパースターだけが、世界にいた。

ユキオが歌い終えると、ハズキが言った。

「歌手になりたいんだ?」

「はい。」

「頑張ってね。」

「はい、ハズキさんみたいになれるように、僕、努力します。」

「うん。」

ハズキは微笑み、去った。

 

2010年、東京の人口は増えていた。会社の窓から、憂鬱そうにハズキは景色を眺めた。

「東京に来れば、みんな助かるのかな?」

「さぁ、それはわからないけど。」

「多分、助かる人もいると思う。誰かが東京に入るには、誰かが出ないとならないよね。」

「おい、ハズキは東京にいなきゃダメだぞ。」

ノブオが言った。

「うん。」

 

スタジオで、ハズキがメンバーと南洋に言った。

「次に出すアルバムの歌を、遺書のつもりで書く。」

「ええ、ハズキ、死ぬつもりなのか?」

「分からないけど、もうすぐだと思う。」

 

ビタリリはこれまでにないほどに集中して、音楽制作をした。

 

11月に入った頃から、ハズキはカレンダーに×をしていくようになる。

「ねぇ、教えて。僕が死ぬ日はいつ?」

ハズキは12月に入ると、胸が痛くなった。せめてもの救いだったのは、ビタリリのアルバムの発売が出来た事だ。最後と決めたアルバム『Deep blue』は最高の売り上げだった。

 

12月18日。ハズキは神様に命を奪われた。黒いソファーの上で、死んだのだ。

以前、お気に入りの歌で撮影した時にもらった白いニットと黒いズボン姿だった。

死ぬというのは、だんだん真っ暗になって、体が冷え冷えになって、好きな歌が聴こえなくなるという事だった。

 

ケンとヒロとノブと南洋は、涙が枯れる程泣いた。でも、世間にスーパースターのハズキが死んだ事を漏らす事はできない。狐のハズキが現れたが、やっぱり違うと思った。

2011年3月11日。4人は代々木のカフェにいた。ハズキが生きていた頃にも一緒に来たことがあったが、カフェの店員がハズキに気に留めなかったので、お気に入りのカフェだった。

南洋は持っていたノートパソコンで、津波の映像を確認した。

「こりゃえらいことになったな。」

4人は辛くなった。

 

大震災の事がひと段落した頃、ヒロは頬に×の傷をつけた。

「なんで、そんな事すんの?」

「だって、前も、頬の傷が治った事があったから。」

「そんなの確かめなくたっていいじゃん。」

 

「神様、お願い、僕らの事を助けて。ハズキなしじゃ、僕ら生きていけないよ。」

ヒロ、ケン、ノブは、だんだんと神様に魂を奪われた。そういうより、奪ってもらったのだ。3人は本当に、よく頑張って生きてきた。

 

南洋は、川崎に元住吉駅の八百屋に寄った。南洋の家が川崎にあったのだ。

東京では珍しい野菜が並んでいた。

『ああ、これで天ぷらを作って、ハズに食べさせれば‥。』

「ああ。」

一瞬、もうビタリリがいない事を忘れていて、我に返った。

南洋は、元住吉の商店街を歩いた。カフェから出てきたユキオは、南洋に気づいた。

「南洋さん?」

南洋は聞こえないふりをして、歩いて行った。

 

『もう俺も、終わりだからさ。』 

「え?」

 

不思議な風が吹き、ユキオは、「生きるイノチ」と「Your Song」をもらった。

ユキオは、ビタリリと南洋が、世界から消えてしまった事がずっと分からなかった。

新宿でハズキらしき人を見た時、ユキオは手をつかみ、歌ってみた。

しかし、その人は怪訝そうな顔で去ろうとした。

「聞いてよ!ハズキさん!」

「いや、僕、ハズキじゃないんで。」

「そんな。」

 

ユキオは沢山の人が行きかう東京の街で、頭を朦朧とさせた。

 

『もう、8回忌過ぎたからね。』

「ああ、そうだったか。」

ユキオは、ハズキの死から10年たち、ようやくもういない事に気が付いた。

ユキオは東京タワーから、東京の街を眺めた。

やっぱり、最後に、ビタリリの仲間である南洋に会った時、ビタリリの残りの2曲をもらったのだ。

これこそが、音楽のロマンなのである。

 

End

【Your Song】

【生きるイノチ】

【Yo! Ya!】

By Shino Nishikawa

 

 

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